気分や覚醒度など、運動パフォーマンスやトレーニング効果に影響を与える要素は数多く存在するが、それらが運動系にどのような影響を与えるかについては、未だ十分に理解されていない。これら諸要素と関連の深い神経伝達物質にノルアドレナリン(NA)がある。本計画では、NA活動度の非侵襲的な指標である瞳孔径に着目して、ヒト運動系の情報処理におけるNAの機能的役割を明らかにする事を目的に、これまでヒト運動制御・学習研究において提唱・確立されてきた諸々の枠組において運動制御・学習と瞳孔径の関連を系統的かつ探索的に調べてきた。 2021年度に実施した研究課題(新規に実施した実験および既存データの再解析)により、以下の成果が得られた。 (1)到達運動中に様々な大きさの誤差を人為的に加えることにより、誤差の大きさと運動中の瞳孔拡張の強さとの間に正の相関があること、一方で瞳孔拡張と運動修正率との間に負の相関があることが明らかになった。これは、既に報告した瞳孔径(=覚醒度・NA活動度)と運動修正量との間の逆U字型の関係(覚醒度・NA活動度は高すぎても低すぎても運動修正を阻害する)と整合している。すなわち、誤差が大きくなるにつれて運動修正率が小さくなる現象は、誤差による過大な瞳孔(NA)応答によって生じている可能性が示唆された。 (2)多くの先行研究でブロック開始後(=休憩後)の初期の試行においてベースライン瞳孔径が高い値を示すことが知られており、覚醒度や意欲の一過性の上昇と考えられてきた。本研究でも同様の現象が確認されたが、反応時間・運動時間はむしろ延長しており、覚醒度や意欲の上昇から期待される効果とは逆の変化であった。これは、ベースライン瞳孔径が課題に対する主観的な不確実性または難易度を反映する可能性を示唆している。 以上、本課題により運動制御・学習におけるNAの機能的役割の一端を示唆する結果が得られた。
|