これまでの研究では、ラット小腸およびヒト結腸由来細胞株Caco-2を用いて、酪酸によるスクラーゼ・イソマルターゼ(SI)の発現誘導には、その遺伝子周辺のヒストンアセチル化の増大が関与していることを明らかにしてきた。一方、HDAC阻害作用を持つ酪酸は、様々な幹細胞の増殖を抑制し分化を促進することが知られている。本研究では、小腸オルガノイドを用いて、腸幹細胞から吸収上皮細胞への分化過程におけるヒストンアセチル化を介した遺伝子発現制御を明らかにすることを目的とした。 C57BL/6マウスの小腸より腸幹細胞を含むクリプトをマトリゲル内で培養し、幹細胞スフェロイドを樹立した。スフェロイド継代3日後に分化培地に切り替え、酪酸やTSAといったHDAC阻害剤およびHAT阻害剤を用いて、分化開始後12時間および24時間後の遺伝子発現レベルとヒストンのアセチル化レベルに及ぼす影響を検討した。 酪酸およびTSAを含む培地で分化させた小腸オルガノイドでは、Si、MgamおよびVil1や吸収細胞特異的な転写因子のmRNA発現量が有意に高かった。オルガノイドの分化開始48時間後まで、通常の分化培地で培養した細胞ではヒストンH3K9のアセチル化はほとんど変わらなかったのに対し、TSAや酪酸添加培地で培養した細胞ではヒストンH3K9のアセチル化が高まっていることが確認された。これらの結果から、酪酸はHDACを阻害することでヒストンのアセチル化を高め、吸収細胞への分化を促進することが明らかになった。また、HAT阻害剤を用いた検討から、小腸オルガノイドの吸収細胞への分化においては、HATの中でもCBP/p300よりもGCN5によるヒストンアセチル化が重要であることが示唆された。
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