2020年度までの検討では,サプリメントレベルのビオチン長期投与によるラットのエネルギー消費量増大は,特に肝臓・褐色脂肪組織(BAT)のカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ(CPT)活性の上昇によるものであった.一方,この現象には当初予想していた肝臓におけるAcc2遺伝子発現の変動は関与しておらず,ビオチンによるエネルギー消費量増大はBATにおけるβ酸化関連酵素の遺伝子発現量上昇が関与することを明らかにした.これらの検討をもとに,本年度はBAT活性化因子の遺伝子発現量,エネルギー消費上昇に対する交感神経系の影響の有無,および各種組織におけるビオチン含量を測定した. ビオチン投与群におけるBATのUcp1とPgc-1α遺伝子発現量が約2倍に上昇していた.前年度までのβ-酸化関連酵素の遺伝子発現量上昇を踏まえると,ビオチンはBATの熱産生を上昇させると推察された.この一因として,交感神経系への影響の一部を確認するために,BATにおけるβ3アドレナリン受容体の遺伝子発現量と血漿ノルアドレナリン濃度を定量したが,これらには変動は認められなかった. 他方,本研究でターゲットにした主要な組織(肝臓・BAT・白色脂肪組織[WAT]・筋肉)におけるビオチンの蓄積の有無を確認したところ,ビオチン投与によりBAT・WAT・筋肉で顕著なビオチンの蓄積がみられる一方,肝臓ではほとんど蓄積していなかった. 以上より,ビオチンによるエネルギー消費の増大にはBATの熱産生の上昇が寄与すること,その機序としては現時点で交感神経系への影響は小さい可能性が示唆された.既報では,ビオチン濃度が細胞内で上昇すると,シグナル伝達やヒストンの化学修飾が変化し,結果的に種々の遺伝子発現を変動することが知られている.このため,BATにおける種々の遺伝子発現量の変動は,ビオチンがBATに蓄積したためであると推察された.
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