研究課題/領域番号 |
18K18019
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研究機関 | 公益財団法人放射線影響研究所 |
研究代表者 |
三角 宗近 公益財団法人放射線影響研究所, 統計部, 研究員 (90457432)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 測定誤差 / 統計学 / 疫学 / 低線量被曝 |
研究実績の概要 |
放射線疫学調査において、放射線のリスクを定量的に推定するための鍵となる被曝線量推定値は、被曝時の情報や線量推定体系に基づいて推定される。そのため、被曝線量推定値には測定誤差が含まれ、放射線リスクの推定においては、その誤差の影響を考慮した統計解析が行われる。しかし、近年関心が高まっている低線量被曝にあたる領域の線量推定値の測定誤差がどれほどリスク推定に影響しているかは知られていない。本研究は、低線量被曝のリスク推定に線量推定値の測定誤差がどれほど影響しているか統計学的に評価することを最初の目的としていた。 一般に、低線量と言われる領域では、線形の関係を仮定することについて妥当かどうか意見が分かれる状況だが、最近の原爆被爆者のがん罹患リスクの線量との関連においては、特に低い線量での非線形の線量反応関係も示唆されている。本研究では、非線形(線形‐2次、など)の線量反応を仮定してがん罹患までの時間と測定誤差を含んだ線量をコンピュータで発生させ、線量とがん罹患リスク(過剰相対リスク)との関連をシミュレーションにより評価した。それらのシミュレーションにおいて、測定誤差を含んだ線量を用いてリスク推定を行った場合の推定値と誤差を含んでいない場合の推定値を比較し、さらにこれまで原爆被爆者研究から提案された回帰較正法およびシミュレーション外挿法を適用して、低線量域のリスク推定値を求め、それらの統計的性質を比較した。その結果、低い線量での測定誤差は特に大きな推定値のバイアスをもたらさない可能性が示唆された。現在、このシミュレーション結果をまとめた論文を作成しながら、非線形の線量反応関係の推定においても測定誤差影響を適切に補正する統計解析の方法を検討している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究では、非線形の線量反応を仮定して測定誤差を含んだ線量とがん罹患リスク(過剰相対リスク)との関連をシミュレーションにより評価した。原爆被爆者の被曝放射線量推定値や多くの放射線疫学では、線量推定値に乗法誤差モデルが仮定されているため、結果として、低い線量での測定誤差は、推定値に大きなバイアスをもたらさないことは予想できた。しかし、これまで提案されている放射線疫学研究で主流となっている回帰較正法では、特に非線形の線量反応関係を推定する場合、推定値の不確実性についてさらに検討する必要があると考えている。また、回帰較正法の適用の際、原爆被爆者研究では、低線量にあたる領域の測定誤差を補正していないが、現在の結果に基づいて、測定誤差の影響補正を行わないことを推奨するような報告が適切かどうかは、推定値の不確実性についての統計的方法を検討する必要がある。それらの点を含め、統計解析における測定誤差の影響を専門に研究している統計学者との議論を行っているため、論文の進捗が遅れている。
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今後の研究の推進方策 |
低線量における測定誤差の影響としては、シミュレーションによっていくつかのシナリオの結果を得たが、今後は特にそれらを補正する方法について検討を行う。 現在原爆被爆者のコホート研究で使われている回帰較正法(Pierce et al. 1990)と同様に、一度コホート全体の被曝線量の補正値を求め、その補正値を真の線量の代替変数として回帰分析に用いる方法が大規模コホート研究には必要であり、この特性の方法論を開発することが今後の目的である。回帰較正法は、コホートの対象者すべてに対して、推定値Zが与えられた時のその真値Xの条件付き期待値E[X|Z]として求め、通常の回帰分析において、E[X|Z]を真の線量Xの代わりとして使用する。一度求めたE[X|Z]は、同一コホート内の他の研究でも使用可能な測定誤差が補正された変数と考える。しかし、回帰較正法では1次モーメントにのみ焦点が当てられ、低線量域で期待される非線形の線量反応に対してどこまで有効かを調査する必要がある。これまで、本研究期間内に、海外の測定誤差方法論の専門家にアドバイスを求めたが、特に線量反応の非線形性の程度が大きくない場合、回帰較正法の軽度な改良で対応できるのではないか、という提案があった。新しい方法論の開発も引き続き検討するが、既存の方法論を見直すことも含めて低線量からコホート全体の測定誤差を扱える方法論を提案する。 国内に測定誤差を研究する統計学者がほとんどいない現状を踏まえ、海外の統計学者との意見交換のために会議・学会等に参加し、シミュレーション結果の解釈のために放射線疫学や防護の専門家との意見交換の場にも積極的に足を運ぶことを考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度、ワークステーションの購入を計画していたが、ノートPCなどのスペックの向上を確認し、モバイル機器の購入に変更したため、次年度使用額が発生した。 本研究で対象としている放射線疫学の分野には、特に統計学・生物統計学を専門とし、測定誤差の方法論を研究する専門家が国内にはいないことを痛感している。そのため、海外の専門家との議論が必要であり、次年度は、これまでのシミュレーション研究の結果をもとに統計学および放射線疫学、さらには放射線防護の分野の専門家との議論、そして研究成果に基づく提案を行っていきたいと考えている。そのため、学会発表にかかわる諸経費と旅費等のために使用する計画である。
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