研究課題/領域番号 |
18K18063
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
新納 和樹 京都大学, 情報学研究科, 助教 (10728182)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 境界要素法 / Calderonの前処理 |
研究実績の概要 |
本年度はLaplace方程式とHelmholtz方程式におけるCalderonの前処理の新しい実装法の研究を行った。従来、これらの方程式に対するCalderonの前処理では、前処理行列と係数行列に対応する積分作用素の滑らかさが異なるために、離散化において標準的な基底に加えて特殊な基底が必要であり、これによって前処理行列の計算時間の増加を招いていた。本研究ではあらかじめ部分積分を用いてこれらの積分作用素の滑らかさを揃えることで、特殊な基底を用いない実装法を開発した。上記の前処理法をLaplace方程式に対して実装し、前処理無しと同程度の精度で反復法の反復回数が大幅に削減できることを確かめた。また特にLaplace方程式のディリクレ問題は、定数関数を非自明解として持つために、この前処理を素朴に適用しただけでは精度が悪化することがわかったが、前処理行列に単位行列の定数倍を加えることでこれを回避できることもわかった。次にHelmholtz方程式においても同様の前処理を実装し、反復回数が削減できることを確かめた. 本研究で開発した前処理は部分積分によって積分作用素の滑らかさを揃えるというアイデアに基づくため、滑らかさの異なる作用素の積によって前処理を行う様々な方程式に適用可能であると考えられる。したがって本研究の成果はLaplace方程式やHelmholtz方程式に対する高速な数値解法を開発しただけではなく、Maxwell方程式や弾性波動方程式などの方程式において新しい前処理を開発するための基礎的研究として重要であると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度はまずLaplace方程式において、部分積分を用いたCalderon前処理の有効性を確かめた。従来のCalderonの前処理では滑らかさの異なる積分作用素を異なる基底を用いて離散化していたが、本手法ではあらかじめ部分積分を用いて積分作用素の滑らかさを揃えておくことで離散化をより容易に行うことが可能である。Laplace方程式のディリクレ問題は定数関数を非自明解として持つため、この方法を素朴に適用しただけでは係数行列が非正則となり精度が悪化することがわかったが、前処理行列に適切な大きさの定数を乗じた単位行列を加えることで、零固有値をシフトし、この問題を解決できることがわかった。この方法を用いることで従来よりシンプルな実装で従来のCalderonの前処理と同程度の精度で、大幅な反復回数の削減を達成できた。次にHelmholtz方程式においても同じアイデアに基づく前処理の実装を行った。Helmholtz方程式においては同様の部分積分を行うとLaplace方程式では現れない追加の項が現れるが、Laplace方程式の場合とほぼ同様に前処理を行えることがわかった。Helmholtz方程式に対する新しいCalderonの前処理についてもプログラムを作成し、反復回数を削減できていることを確認した。 非自明解に起因する精度の悪化などの想定していなかった問題にもいくつか遭遇したが、当初の予定通りLaplace方程式とHelmholtz方程式における新しい前処理法の開発を行えたため、本年度の進捗は順調であったと言える。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究課題は大きく二つに分けられる。一つはMaxwell方程式への本手法の適用である。Maxwell方程式におけるCalderonの前処理では同一の積分作用素の積を計算するため、上記の「滑らかさの異なる積分作用素の積」を上手く扱うというアイデアが一見通用しないように見えるが、Maxwell方程式に現れる積分作用素は滑らかさの異なる作用素の和になっているため、この作用素の二乗を展開することで、Laplace方程式などと同様に滑らかさの異なる作用素の積が現れる。これに対して同様の操作を行うことで新しい前処理が行えると考えられる。 二つめの課題は高速解法の適用である。境界要素法で得られる線型方程式の係数行列やCalderonの前処理で用いる前処理行列は密行列であるため、特に工学上の問題に現れるような大規模問題に適用する際には行列計算の高速化が必須である。本研究で開発するCalderonの前処理は従来法と比較して実装がよりシンプルであり、前処理行列の計算に必要な計算量が小さいことが期待される。高速解法を実装し、大規模問題においても本手法が有効であることを確認することや、実際の計算時間を比較することで本手法が従来的なCalderonの前処理と比較してどの程度計算量を削減できているかを確かめることが今後の研究計画として挙げられる。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度の研究の大部分は数値解法の理論的な研究とそれを実証するための小規模な数値計算が中心であったため、それほど大規模な計算設備が必要なかったことが繰越が生じた主な理由である。次年度は高速解法の実装に伴う大規模計算のための計算資源の購入と、研究成果の発表のための旅費に繰越分を充当する予定である。
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