本研究は、音楽刺激聴取時に調性知覚を生じる現象の神経基盤を計算論的な立場から明らかにし、その情報処理が音楽刺激以外の時系列刺激に対する知覚においても共通して用いられているという仮説の検証を目的としていて進めてきた。 最終年度はオンライン実験とそのデータ分析を中心に実施した。調が曖昧な音程を組み合わせた2~4連鎖の和音を呈示し、その最後の和音に関する主観的な繋がりのよさ(音楽的期待)について、幅広い年齢・職業層を対象としてデータを収集した。分析の結果、隠れマルコフモデルに類似する提案モデルの予測と類似する音楽的期待のパターンを得た。すなわち、調に相当する参照的な音高を内的に保持しているという仮説が強く支持された。また参照音高に対する第一和音の影響力が、調の曖昧な和音進行ほど強くなる傾向にあった。これらの結果から、音楽的期待の知覚を支える文脈的情報処理は、固定化された一方向の処理だけでなく、回帰的で適応的な処理も含まれることが示唆された。 当初は脳活動計測の実施を予定していたが、異動とコロナ禍による実施制約により最終的に断念した。また公開データや提供データでの間接的な検証については、データの偏りを十分に克服することができず、確固たる結論の導出は困難だと結論付けた。 一方で連鎖和音刺激に対する脳活動の分析に向けて、離散化された行動や刺激状態と脳活動の間の時系列作用関係の定量化手法の開発に取り組んだ。機能的磁気共鳴画像法や近赤外分光法のような血流応答反応の計測を想定し、様々な確率的条件やノイズ環境を設定したシミュレーション実験を行った。その結果、実データに近いノイズ下においても、情報量によって離散状態系列と脳活動の対応関係を検出できることが示唆された。本手法は音楽知覚だけでなく、コミュニケーションなどのより一般的な時系列相互作用分析にも応用可能であり、将来的な発展の展望が得られた。
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