研究課題/領域番号 |
18K18147
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研究機関 | 福井大学 |
研究代表者 |
梶田 真司 福井大学, 学術研究院工学系部門, 助教 (40804191)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 理論免疫学 / 数理モデル / 抗原識別 / T細胞 / ノイズ / 化学反応ネットワーク |
研究実績の概要 |
T細胞は分子数少数性に起因する高ノイズ環境下でも、類似する標的と非標的分子を正確に識別できる。2019年度は、この非自明な現象の背後にあるメカニズムを理解するために、 昨年度までに構築したモデルと改良と理論・計算機シミュレーションによる解析をさらに進めた。具体的には、T細胞抗原識別現象に見られる抗原認識とそれに伴う受容体クラスター形成反応を数理モデル化し、提案モデルは直感に反して分子数少数性による確率的ノイズの存在により類似分子の識別性能が向上することを明らかにした。さらに提案モデルは非標的分子の数が増えても識別性能が低下しない補償的性質も兼ね備えていることも明らかにした。これらの特性は、生理的な条件下におけるT細胞の情報処理タスク、すなわちターゲットではない多数の非標的抗原(例えば自己分子)の中にごくわずかに存在する、非標的分子と極めて類似するターゲットの標的抗原(例えば非自己分子)を高精度に検出すること、をよく再現している。本研究成果は、T細胞が確率ノイズを活用することで抗原識別を行っているという理論的仮説を提案するものである。
細胞内反応系と統計推定の関係では、提案モデルは抗原識別性能が向上する高ノイズ条件下では、確率分布の形状が単峰型から多峰型に変化するノイズ励起転移が起こることを明らかにした。ノイズ励起転移は逐次ベイズ推定を行う細胞内反応系に見られることから、T細胞抗原識別においてもノイズ励起転移によって実現されるある種の統計推定が行われている可能性が示唆された。
これらの成果を国際会議The 2nd UBI-MBI Joint workshopなどで発表し、また学術論文 M. K. Kajita, K. Aihara, and T. J. Kobayashi, Chaos 30(1), 2020 などにて成果発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度計画に沿ってノイズを利用して分子識別する確率的化学反応ネットワークモデルの構築と解析を行い、T細胞が確率ノイズを活用することで抗原識別を行っているという理論的仮説を提案することができた。統計的情報処理として分子識別現象の定式化・理解する試みにおいては、統計推定理論から分子識別に最適な反応モデルを導出することなども検討してきたが、現在のところこの問題は直接解決できていない。そこで本研究で提案した理論モデルにおいて、逐次ベイズ推定との関係が知られているノイズ励起転移が生じることを確認するアプローチを採用することで、T細胞分子識別を統計的情報処理として理論的に理解するための数理的基盤を得ることができた。以上の成果を踏まえ、今年度は概ね順調に進展していると自己評価している。
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今後の研究の推進方策 |
今後はこれまでの研究を発展させるとともに、分子識別モデルを空間モデルへと拡張していく。このモデルの拡張に伴い、新たなモデルを解析する数理的手法の開発やシミュレーション手法の開発を進めていく。また空間モデルを構築することにより、これまでに構築したモデルと比べ、画像データなど分子識別現象を実験的に計測したデータとの比較がよりしやすくなる。そこで、実験データと理論モデルを比較するための数理的課題の解決も合わせて進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の予定よりも理論研究が進展していたため、その研究の実施・成果発表・論文投稿を優先した。そのため計算機パワーが必要なシミュレーションなどの研究を次年度に実施することにした。これにより本年度は計算機を購入しなかったため、予定額と支出額に差額が生じた。今後計算機パワーが必要なシミュレーション研究などを行うために、計算機等の物品購入を計画している。
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