免疫T細胞は細胞表面の受容体分子で抗原ペプチド分子を認識するが、このときわずかに1アミノ酸違うだけの標的分子(非自己)と非標的分子(自己)を識別できることが報告されている。この高精度な分子識別は比較的少数の分子で構成される確率的でノイジーな反応系によって行われる。しかし、ノイズ下で高精度な分子識別を実現するメカニズムは未だ十分に解明されていない。本研究では細胞による分子識別を、細胞内に実装された統計的情報処理システムによる情報処理と捉える。対象とする生命システムの数理モデル化および数理解析を行うことで、分子識別現象の理解と応用展開を目指した研究を行った。
本年度はこれまでに構築したモデルの改良や理論的な解析を進めるとともに、これまでに得られた知見をもとにした発展的な課題の検討を行った。まず統計力学モデルに基づきT細胞受容体による抗原認識プロセスを数理モデル化し、モンテカルロ法によって受容体クラスター形成過程をシミュレーションした。その結果、受容体の相分離と抗原識別の関連性が示唆された。また情報論的な理解に向けて、フィルター理論の観点から抗原認識プロセスを定式化し、シミュレーションによる検討を行った。これらの研究の過程で得られた知見をもとに、化学反応ネットワークの非線形応答性に基づく抗原識別モデルへの拡張も検討した。さらに最適化や学習の観点から多細胞免疫システムの抗原識別現象を捉えるモデルの検討も行った。
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