研究実績の概要 |
本研究は、鯨類由来細胞から人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作成し、環境汚染物質のin vitro毒性評価系の構築を目的とする。海岸に死亡漂着又は漁網に混獲された鯨類の組織から線維芽細胞を培養し、それらの細胞を用いてiPS細胞の作成を試みる。さらにiPS細胞から神経細胞へ分化誘導し、誘導神経細胞を用いた環境汚染物質の神経毒性評価を目標とする。これまでの研究により、鯨類の体内には残留性有機汚染物質(POPs)が高濃度に濃縮されており、それら化合物が脳に移行・残留することが報告されている (Kunisue et al., 2007, Mar. Pollut. Bull., 54, 963-973; Montie et al., 2009, Environ. Pollut. 157, 2345-2358)。また、実験動物の細胞を用いた毒性試験より、上記化合物が鯨類の脳神経系へ影響を及ぼしていることも十分予想される。これらの知見から、鯨類を対象とした化学物質のリスク評価系を開発することが必要と考えた。本研究が成功すれば、これまで倫理的・技術的に困難と考えられていた鯨類を対象とする環境汚染物質の非侵襲的な神経毒性研究が可能となる。 初年度は鯨類培養細胞系のセルストックの作成に力を入れた。日本沿岸に死亡漂着・混獲した鯨類の組織から体細胞を培養し、細胞の凍結保存ストックを作成した。これまでに21種65個体の鯨類について凍結細胞のストックを作成することができた。これらの細胞を用いて、iPS細胞の樹立を試みた。数種の鯨類およびヒトの線維芽細胞について、初期化因子を導入し、エレクトロポレーションによるトランスフェクション効率の至適化を行った。また、陽性対象として使用予定であるヒトiPS由来神経細胞を用いて、化学物質曝露による神経毒性評価の予備実験も行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究は順調に遂行できており、これまでに例のない鯨類由来細胞を用いたiPS細胞の作成に向けて様々な検討を行った。その結果iPS様コロニーを得ることができ、またアルカリフォスファターゼ染色による陽性反応も確認できた。細胞の初期化に向けて順調な結果が得られたことから、初年度の目標は概ね達成できたと考えている。 ヒト由来細胞では、iPS様コロニーの順調な増殖も認められ、コロニーの凍結・融解も正常に行うことができた。しかしながら、鯨類細胞においては問題点もいくつか浮上した。初期化因子を導入し、電気的パラメーターを検討することでトランスフェクション効率の至適化を試みたが、鯨類細胞について導入後の細胞生存率を20%以上に上げる事はかなわなかった。また、鯨類由来iPS様コロニーは分散しても増殖が見られず、細胞が立体的に凝集する傾向が見られた。 ヒトiPS細胞由来神経細胞(ReproNeuro、リプロセル)を用いた神経毒性評価では、蛍光顕微鏡で得られた画像をソフトウェア(BZ-X800, Neurolucida 360)を用いて解析し、上記化合物の細胞毒性を解析した。テスト化合物にはスタウロスポリン、メチル水銀およびp,p'-DDTを使用し、神経細胞をFluo-8 AM染色液により生細胞染色した。0.01μMのスタウロスポリンで細胞数の減少が認められた。化合物曝露による形態変化が観察され、曝露濃度の上昇に伴い神経突起長が減少する傾向がみられた。核の大きさ(面積・直径・周囲長)は濃度依存的に減少し、輝度値は上昇する傾向を示した。これらの結果から、アポトーシス曝露により核凝縮すなわちアポトーシスが引き起こされたことが推察された。乳酸脱水素酵素(LDH)活性による細胞毒性評価によっても、画像解析による結果と概ね一致する傾向が見られた。
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