研究実績の概要 |
本研究では、日本沿岸に漂着した鯨類の組織から線維芽細胞を培養し、iPS細胞の樹立および神経細胞へ分化誘導することで、環境汚染物質への曝露による鯨類のリスクを評価することを目的とした。初年度および次年度では、スナメリ(Neophocaena asiaeorientalis)の線維芽細胞に初期化因子を導入し、スナメリ由来iPS様細胞を作成した。得られた細胞は、アルカリフォスファターゼ、TRA-1-60、SSEA-3、SSEA-4抗体による染色で陽性を示し、PCR解析によりNANOG、SOX2、OCT3/4の発現が認められた。三胚葉へ分化した結果、3種マーカー(外胚葉:Otx2, 中胚葉:Brachyury, 内胚葉:SOX17)による染色で陽性であり、スナメリiPS様細胞の分化多能性が示唆された。しかしながら、Gunhanlar et al.(2018)の手法を用いて成熟ニューロンへの分化を試みた結果、クラスIIIβチューブリン(Tuj-1)抗体では陽性であるものの、 神経特有の形態変化は観察されなかった。陽性対象として用いたヒトiPS細胞では、同手法を用いて神経細胞への形態変化が確認されたため、今後は鯨類iPS細胞に適した神経細胞への分化誘導法の検討が課題である。 本研究ではまた、茨城県鉾田市に集団座礁したカズハゴンドウ(Peponocephala electra)から培養した線維芽細胞を用いて、iPS細胞を介さず神経細胞へ直接分化誘導することに成功した(Ochiai et al., 2021)。誘導神経細胞をポリ塩化ビフェニル(PCBs)の代謝物に曝露した結果、80%の細胞でアポトーシスが観察され、神経変性疾患に関連する遺伝子の発現量が変動していた。本研究で開発した手法は、これまで神経毒性試験が不可能であった野生動物種への応用が期待できると考えている。
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