研究課題/領域番号 |
18K18295
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研究機関 | 上智大学 |
研究代表者 |
牧 陽子 上智大学, 外国語学部, 准教授 (50802451)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | フランス / 高齢者 / 在宅維持政策 / 訪問介護 / 訪問看護 |
研究実績の概要 |
2018年度は、支援・介護を必要とする高齢者へのフランスの支援政策と介護の実態について調査・研究を進めた。具体的には、フランスの高齢者支援政策の歴史と制度に関する先行研究調査と、利用者(高齢者自身、家族)と介護労働者へのインタビュー調査、および老人ホーム等施設の見学と、訪問看護ステーション(SSIAD)でのインタビュー等である。フィールド調査は、大都市郊外を主な対象に選定し、パリ南部郊外のクラマール市・マラコフ市と、比較のために南部マルセイユ郊外のサロン・ド・プロバンス市で、2018年9月と2019年2-3月に行った。 当初、家庭での外国人ケア労働者の利用に関心があり、パリ近郊を中心に高齢者宅で、利用している訪問介護やホームヘルプサービス、今後どのような生活を送りたいか、また現状の困難等について、聞き取りを行った。その際、日本では施設に入所を考えるような要介護度の人でも在宅でいること、高齢者の多くは施設より在宅を希望すること、またそれを支える訪問介護やホームヘルプサービス、とりわけ訪問看護が充実していることがわかった。老人ホーム(EHPAD)に親を入所させることは非常に否定的に考えられており、また在宅維持が政策的に勧められているため、老人ホームの入居費用は月あたり数十万円と極めて高く、財政支援も乏しい。老人ホームには近年、「虐待」報道も多く、社会的にイメージも悪い。だが実際に施設を訪問することで、実態と言説の間に一定程度の乖離があることも確認した。 訪問介護労働において、外国出身者の比率は筆者がこれまで研究してきた保育と同様にパリ郊外では高いが、地方では少ないという保育との類似点が観察された。また訪問介護の労働時間は一家庭2時間程度とコマ切れであり、保育でみられたようなフルタイム労働はないという、相違点も確認することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初、2018年度はフランスの介護についての先行研究調査と、日本における介護の実態調査を行う予定であり、フランスにおける介護労働の実態調査は2019年度を予定していた。だが、研究代表者が関与している他の研究プロジェクトの実査が2019年度に重なってしまったため、フランスでのフィールド調査を予定より1年早めて2018年度に行った。 上記「研究実績の概要」では記入しきれなかったが、フランスのフィールド調査ではクラマール市やマラコフ市の高齢者支援課等の責任者、訪問介護サービスを行うNPOや企業等の責任者にも話を聞くことができ、介護市場における「市場―公(行政)―家族―アソシアシオン(NPO)」の役割について考察を深める機会を得た。また老人ホームのほかに、「自立高齢者住宅」の存在を知ることができ、こうした施設が果たす役割や、在宅と施設をつなぐ中間的役割としての潜在的可能性、日本の「介護付き有料老人ホーム」との違いはどこにあるのか等、今後の分析を深める上でいくつかの貴重な示唆を得た。この「自立高齢者住宅」はフランス国内でもあまり存在が知られておらず、上記「老人ホーム」に対する言説や社会的感情と実態との一定の乖離とも併せて、今後、社会学的に考察していきたい現象である。このように、「家庭における外国人ケア労働者」利用の課題を探るために始めた介護調査であったが、介護政策や存在する施設の種類、「施設」と「在宅」が意味することの違い等、新たな研究テーマを開拓することができた。 また移民ケア労働者に関しては、老人ホームで働く看護ワーカー(aide-soignants)の多くは、パリ郊外ではアフリカ出身者であることも、施設訪問により確認することができた。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度は、2018年度に本来行うべきであった、日本の家庭における外国人ケア労働者の実態調査を行う予定である。またフランスにおける高齢者支援政策や介護調査の過程で、日仏の高齢者支援政策と介護の実践の違いという、関連するテーマの重要性に気づいた。高齢者政策はもともとの研究の主眼ではなかったが、本調査をきっかけに足を踏み出した新たな研究テーマとして、日本についても考察を深めていきたい。 フランスでのフィールド調査を1年前倒ししたため、フランスの高齢者政策についての先行研究調査がまだ十分にできているとは言えない。2018年度フランス調査のインタビューデータ等の精査・分析とともに、フランスについての文献調査もさらに深めたい。 高齢者介護に関して、当初は家庭におけるケア労働として、介護のみを念頭においていたが、2018年度のフランス現地調査をきっかけに、訪問看護の重要性についても気づくことができた。要支援・要介護の高齢者が在宅で過ごすためには、介護だけでなく、医療的ケアが必要になることも多い。この点は、筆者がこれまで研究対象としてきた保育との大きな相違点であり、新たな発見でもあった。日本でも訪問看護ステーションが存在するが、一般的な利用は週に1~2回であり、毎日や、毎日朝夕2回の訪問もあるフランスとは果たしている役割に大きな違いがあると推測される。訪問看護ステーションの日仏の違いについても、制度や歴史的背景、社会規範等について考察したい。 移民ケア労働者に関しては、フランスについてはインタビューできた訪問介護労働者5人のうち外国出身者は3人、看護ワーカーも4人中1人と、サンプル数が十分でない。2020年に補足のフィールド調査をフランスで行いたい。 また上記の通り、調査研究の途上にあり、関心の対象が混とんとしている。軸となるテーマを定め、論点を整理していく必要性を感じている。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定を変更し、フランスでの調査を1年前倒しして2018年度に2回、現地調査を行った(各3週間程度)。そのため80万円を前倒し請求したが、経費削減の努力により、予定より15万円ほど少なくて済んだため。 2019年度は日本での調査実施と、フランスで得られたインタビューデータの文字起こし作業が必要になる。2018年度に繰り越した次年度使用額は、こうした作業への経費に充てる予定。
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