本研究は,人の心のような総合的な人工知能を実現するための基本的な問題に取り組むものである.特に,「人間的な知能の本質は心の中でストーリーを生成しながら環境(外界・他者・社会)と関わり合うことである」という考え方のもとに,物語を生み出す心の仕組みに焦点を合わせた総合的な人工認知システム(認知アーキテクチャ)の開発を進めてきた. 昨年度までは複数の観点からシステムの要素的な問題に取り組み,システムの内部におけるストーリー(世界)の表現枠組み,ストーリー的な記憶をネットワーク状に組織化する仕組み,事象を混ぜ合わせて新しい事象を構成する仕組み等を開発してきた.本年度は,これまで別個に開発を行ってきた要素をまとめながら一つの認知システムを構築する作業を進めた.研究期間が終了した現時点において,このシステムは一体のエージェントとして自律的に作動するような段階には至っていないし,目に見えるような形で知的な仕事をすることもできない.しかし,様々な知的能力の基盤になる複合的な内的プロセスを原初的な水準で具体化することはできた. 例えば,平易な物語文を読み進める過程で,それに対応する内部表現(ストーリー)が動的に構成され,同時にその内容が記憶のネットワーク構造へと貯蔵及び汎化される.これは様々な経験を通して世界に関する知識(エピソードや常識に相当)を学習していくことに対応する.このようにして形成された記憶組織に基づいて,類似するストーリーどうしを連合・融合して新しいストーリー(の断片)を生み出すこともできる.これは想像や創造の原始的な仕組みに相当する. 本研究はここで完結せずに長期的に継続する予定である.研究内容が当初の想定以上に複雑かつ難解になってきたため,現段階での成果を論文等にまとめることはせずに,システムを概念と実装の両方に渡って再構成することにしたい.
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