研究課題
山本探川《宇津の山図》に表わされる留守模様から出発し、留守を「意味の蒸発」として検討した研究を進めた。特にこれを、古来より日本美術に見られる山の写実表現「書き割り」に強く見出した。書き割りによる絵画空間(世界)の把握は、ルネサンス以降、現代まで一般的に親しまれる遠近法とは異なる、外部への志向性を見いだせる。遠近法が、前提となる観測者(画家)の視点をもとに、視中心を通る線状の無限遠に「消失点」として象徴化した便宜上の「外部」を捉えんとするのに対し、書き割りは、裏がないその性質上、有限にこちら側と外部との空間を断ち切ることで、外部を存在足らしめる。つまり、書き割りは、不在・不足・空虚であることに志向していくことで、素朴な遠近感としての向こう側を問題にせずに、背後に潜在する本当の意味での全き外部と接することができる。意識や身体、創造性をめぐる諸問題を、書き割りの視座から照射した研究成果は、フーリエの無限小概念にまつわる研究論文「L' Archibras se releve」(2019)や、書き割りを脱創造による潜勢力と捉えた作品制作にまつわる口頭発表「かきわり・からくりーおんばしら」(2019)、潜勢力の原理を示すトリレンマにまつわる論文「Three types of logical structure resulting from the trilemma of free will, determinism and locality」(2020)などにより発表した。作品としては、研究代表者である中村の出生地、下諏訪町の御柱を、書き割りの棒として捉えた四曲屏風の大作を制作した。しかし展覧会や国際会議などでの成果公開は新型コロナウイルス感染症拡大に関連し、2019年度末に予定していたものが全て中止となった。今後の状況を見て新規の開催・発表を判断する。
2: おおむね順調に進展している
書き割りは、遠近感としての向こう側を問題にせず、外部を問題にする写実性である。不在・不足・空虚であることに志向していくことで、その背後に潜在するものを感じることができる。この書き割りの力は、現代哲学においてアガンベンやドゥルーズなどによって議論されてきた潜勢力として捉えることができる。この書き割りの潜勢力を、下諏訪町の御柱に見出した。この地方では猿と虎の年、御柱祭と呼ばれる神事が行われる。木の皮を剥ぎ、棒状に加工されたモミの大木を、町民総出で氏子となって社まで曳航し、社の四隅に建てるというものだ。御柱の原型は、大地に深く根をはる大樹に見出し、天地を接続することで土着神を招き下ろす、インターフェイスのためのものとして捉えた向きの研究が散見される。対して、本研究では、インターフェイスとは異なる様相を捉えている。すなわち、御柱が加工されることにより、空虚な棒と化すことで、インターフェイスとしての意味を剥奪され、フロンティアそのものとして、ただ、建つ、書き割りではないかとするものである。そのような解釈のもとに、哲学や科学における議論を拡張させることで、潜勢力や外部との関係、身体の諸問題、そして創造行為のメカニズムとして「脱創造としての創造」の輪郭を導き出すことを試みた。それは、潜在するものに志向することを可能にする恣意性について、共同研究者の郡司が示す意識をめぐる理論や、フーリエの無限小概念から捉え直す試みでもある。藝術は、作家の意図の恣意性と、実現に至る選択と決定の恣意性という、二重の恣意性に委ねられる。その意味で、実現される個々の異質性こそ外部への感覚となる。いかに恣意性を肯定し、恣意的な「わたし」の内部にある外部性=異質性へ志向できるか。言い換えれば、「わたし」という自由意志をいかに発揮できるか、その方法を、理論と作品制作の実戦により、これからさらに明らかにするところである。
書き割りにまつわる研究は、チリ、サンティアゴで信仰されるアニミータと接続し、さらに展開していくことが可能となった。故人の死を悼むために設置された墓碑としてのアニミータが、その死の真相の悲劇性に強力にスポットが当たることで、故人よりもその死が記憶される。悲劇性がクローズアップされるほど、悲劇性に聖なる力が見出される。そうして故人よりも悲劇の死そのものが前傾化し、故人の正確な詳細は宙吊りにされ、物語の類型群が派生し伝播していく。アニミータは、それを弔う故人との関係を剥奪され、墓碑銘のような意味が蒸発する。意味から切り離されて不在を纏うことで、アニミータは広く信仰の対象となり、それ自体が人格化=身体化する。この様相を見出し、これに書き割りの原理を捉えた。すでに論文「書き割り少女-脱創造への装置-」(共創学, 2020)として研究成果の一部は近く発表される。さらに、書き割りによる外部と身体の関係を示した論文が、京都大学学術出版会より11月に刊行予定の論文集に掲載される。また、アニミータの書き割りのメカニズムには女性性を強く見出している。人格化されたアニミータに故人が女性のものが多いということも理由の一つではあるが、それは単に、弱きもの、ふくよかな慈愛や神秘性に女性美崇拝を見出すようなことではない。本研究で見出す女性は、西欧で受け継がれ、また現代人の主情に深く浸透している、そうした「永遠に女性的なるもの」としての女性とは異なる。女性的なるものの永遠性に規定されることを器用に回避し、女性とも男性とも中性とも言い切れない、言い表せない、むしろ女性である可能性だけを秘めた、潜在性を示す存在である。そのような女性論を創造行為によって展開していくなかで、外部と付き合うための具体例を示していく。これは、作品制作のほか、最終年度に書籍として刊行するために、現在、共同執筆者と議論を進めている。
年度末に予定していた展覧会や国内・国外出張の全てが中止・延期となったことが大きい。感染症拡大の情勢によって、特に旅費に関する最終年度の計画を一部変更する可能性がある。しかし、論文投稿、研究成果の書籍化や新規作品の制作・発表の予定が当初より増えることが予想され、それらにかかる諸経費として使用する計画がある。
すべて 2020 2019 その他
すべて 雑誌論文 (12件) (うち国際共著 2件、 査読あり 12件、 オープンアクセス 8件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 1件、 招待講演 3件) 図書 (1件) 備考 (2件)
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