本年度の研究は前年度の繰越(12万円)の支出に該当する部分であるので、分量的には大きくない。鈴木昭男氏の「日向ぼっこの空間」(1988)に際して発行された「高天山たより」、当時の新聞、雑誌などに掲載された記事、フライヤー、ポスターなど、全ての紙媒体のデータベース化を行った。これによって、作品そのものだけはなく、このアートプロジェクトを支えた多くの人々の動きや社会的環境が一望のもとに窺い知れることとなった。 またサウンドアーティストの長屋和哉氏の録音した京都の環境音のインスタレーションを準備するための活動として、東京の音響配信や設営などの専門会社であるトレジャーアイランドのスタジオにて実験を行った。長屋氏はアンビエント音楽作曲の、日本における泰斗である。スタジオでのスピーカーの数、方向などを様々な観点から試す今回の実験は、サウンドインスタレーションの今後のあり方を考える上で示唆的なものとなった。長屋氏は、京都の東(大文字山)西(嵐山)南(巨椋池)北(船岡山)と中央(新京極)の5ヶ所において録音した。中川眞の『平安京 音の宇宙』における五行の音の現代的解釈として、寺院の中の空間に再配置されることを目論むものである。通常のインスタレーションでは周囲にスピーカーを配置して、その内側にてオーディエンスが音を聴くというスタイルであるが、今回では逆にスピーカーを中央付近に配置し、オーディエンスは周囲を歩いて聴くという方式の実験を行った。その成果が2022年秋のインスタレーションに反映される予定である。さらに、本研究の一つの集成として中川克志は「日本における〈音のある芸術の歴史〉を目指して」という、1950から990年代に「美術手帖」に掲載されたサウンドアートに関する記述をまとめる論稿を発表した。
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