本研究は、激しく変化する経済条件を背景に安定した社会を維持するには成熟した福祉制度の構築が不可欠になるという問題意識をもとに、歴史上、市場経済を早期に実現する一方で弱者救済の思想的・実践的伝統を有するイギリス社会に着目し、初期の福祉制度構築の先例として都市の救貧介護施設の歴史を研究することを目的とする。本年度の研究活動では、これまで収集した文献情報をもとに主に「ホスピタル」、あるいは、「救貧院」と呼ばれる救貧介護施設の起源とその後の発展及び課題に関する知見を精査し、その一部を事例研究の成果として公開する準備を進めた。とくに、市場経済と救貧介護施設との歴史的関係性について分析する新たな視角を念頭に、同介護施設の歴史的意義を効果的に提示するためには、中世から近世かけて法人格を得た地域の中心的自治都市発達史の探究が不可欠であることが本研究を通じて明らかになりつつあることから、本研究成果を公表する際、当該時期の都市史の文脈、とりわけ都市の行政史及び救貧史に救貧介護施設の歴史を位置づける方法について検討を進めた。また、本年度はイギリス近世都市に関する刊行史料の分析を中心に一次文献の分析結果の確認作業を行い、さらに、新型コロナウイルス感染症の影響により実施できなかった未刊行史料の追加調査を通じて、上記の分析的フレームワークを応用しつつ都市の救貧史を主題とする独創的な研究へと発展させる可能性と妥当性についても新たに検討を加えた。
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