研究課題/領域番号 |
18K18569
|
研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
後藤 玲子 一橋大学, 経済研究所, 教授 (70272771)
|
研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2021-03-31
|
キーワード | ケイパビリティ(潜在能力) / 正義論 / 普遍的かつ個別的リスト / 個人間比較可能性 / 機能ベクトルの測定 / 機会集合の推定 / 異分野越境的 / 公共性 |
研究実績の概要 |
ジョン・ロールズの正義論への最も深く根本的な批判はリバタリアンでもマルクス主義でも共同体主義でもなく、アマルティア・センによってなされた。アマルティア・センは、伝統的に経済学の中心であった効用ではなく、財や所得でもなく、個人のケイパビリティ(潜在能力)こそを情報的基礎(指標)として、社会問題の本質に迫り、社会制度・政策の改善を試みた。この指標は、一方で個人の主体的評価や選択の自由を尊重しながら、他方で本人の客観的な潜在能力上のニーズを捉えることを可能とする。ケイパビリティアプローチは、しかしながら、次の3つの方法的難問ゆえにその理論的な定式化や実証的研究は困難だとされてきた。すなわち、 〈1〉多次元機能集合としての潜在能力を(個人内・個人間)比較評価しうるのか。 〈2〉観測された選択(達成)点から観測不可能な潜在能力を頑健的に推定できるのか。 〈3〉潜在能力を構成する多次元機能リストは一般的・普遍的に定められるのか。 本研究はトランスディシプリナル(異分野越境的)な視点を結び合わせることにより、ケイパビリティ概念に基づく正義理論を構成する途を探った。具体的には規範経済学系、福祉・医療政策学系、市民工学系、脳情報科学系、比較実証経済学系からの知見を統合する枠組みを探った。2019年度は新型コロナウイルスの影響で、急遽ウェブ会議に切り替えざるを得なかったが、国内外の先端的研究者を招聘し、互いの研究成果について集中的に討議する機会をもった。2019年度の成果は、学術雑誌特集、翻訳、英文ジャーナルへの掲載、そして、国内外での研究ネットワークの拡大に結実した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度の最大の成果は①Ethics and Economics of the Capability Approachの執筆(2021年7月刊行予定)、②2021年3月に開催予定のConference on Philosophy of Social Scienceのための準備委員会が設立されたことである。 ①は上述した3つの難問、すなわち〈1〉多次元機能集合としての潜在能力を(個人内・個人間)比較評価しうるのか。〈2〉観測された選択(達成)点から観測不可能な潜在能力を頑健的に推定できるのか。〈3〉潜在能力を構成する多次元機能リストは一般的・普遍的に定められるのか、に対して暫定的解答を与える書である。研究代表者が現在基盤研究(A)で行っている実証研究の成果についての理論的考察も含まれる。 ②は2020年3月にウェブ会議で開催した国際コンファレンスの海外招聘者と国内コメンテーターらが中心となって準備委員会を結成し、2021年3月の計画づくりを開始した。具体的には、コンファレンスの成果を国際学術雑誌の特集と英語叢書の形で発信する計画が立てられた。
|
今後の研究の推進方策 |
2021年3月に開催予定のConference on Philosophy of Social Scienceをもとに、次の3つの課題に取り組む。 【理論・定式】の課題:(1)ロールズの原初状態モデルを拡張するグループ基底的合意形成モデルに要請される規範的条件の現実性を調査と分析を通じて検証する。(2)同様に、公共的互恵性システムを理論的に構成し、要請される規範的条件の現実性を調査と分析を通じて検証する。 【調査・実装】の課題:技法の異なる2つのアプローチで、住民のおかれたケイパビリティ上の制約状況をとらえる。福祉・医療政策学は、表出された言葉を解析しながら、個人の生活史に分け入り、本人の期待や願望、憤りやあきらめを言語化する。市民工学は人々が実際に移動する頻度や手段、福祉交通政策をめぐる討議を通じた公共的判断の創出などをとらえ、シンプルかつ誤解の少ないコードに落とし込んでいく。両者の研究活動を重ね合わせることにより、自治体住民たちの具体的様相と政策事業の効果・意味を複眼的にとらえる。 【検証・発見】:技法の異なる2つのアプローチで、利用者と潜在的利用者との潜在能力上の差異をもとに事業変革の影響を識別する方法を設計し、実証する。脳情報科学は、実験等疑似的環境を創出しながら、人間の意志と行動、欲求と規範との関係などに切り込み、個人のケイパビリティの客観的評価と主観的評価のずれを捉え、報酬反応のただ中で創発する公共的互恵性の倫理の解明を行う。比較実証経済学はケイパビリティ概念を客観的データとして表現し、理論の検証に役立てる方法の確からしさに関心を置く。 得られた知見を国際学術雑誌の特集と英語叢書の形で発信する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
理由:国際コンファレンスがウェブ会議となり、しかもそれを実施するにあたって、別予算を使うことができたため。 使用計画:2020年度に予定している国際シンポジウムの招聘者とコメンテーターを増員し、学際的にも国際的にも多様性をさらにいっそう高めることとする。
|