我々の社会には種々の固定観念すなわちステレオタイプが蔓延している。たとえば、「一般に、女性は男性に比較して自動車の記憶力が悪い」といったものがステレオタイプの例である。そして、これらのステレオタイプが自分に当てはまるかどうかを誰もが敏感に察知すると同時に、自分に当てはまるステレオタイプと一致した行動を示すかどうかについても、常に他者から観察され、評価されるというステレオタイプ脅威に直面しているとされる。 本研究での作業仮説とは、「女性は男性に比較して自動車の記憶力が悪い」というステレオタイプを有する記憶場面において、不安を強く感じ、(1)この不安が記憶課題とは無関係な思考、すなわちステレオタイプ脅威を生み出し、(2)効率的な記憶方略の使用の際に必要不可欠な集中力(すなわちワーキングメモリ)を妨害し、結果として、効率的な記憶方略が使用できず、記憶成績が悪化してしまうというものであった。 実験1では「女性の車の記憶力は悪い」というステレオタイプを取り上げ、女性若齢者60名を対象に、ステレオタイプ脅威を除去する教示を与えることによって、記憶パフォーマンスが良くなることを確認した。実験2では女性若齢者98名、女性高齢者44名を対象に、ワーキングメモリ容量の測定結果にもとづき、それぞれの年齢群で上位群と下位群に分け、記憶成績の差が認められるかどうかを調べたが、本研究の仮説は支持されなかった。実験3では、女性若齢者269名を対象に、ステレオタイプを喚起する教示の有無を操作し、単語と自動車の写真を覚えさせることに加え、空間的認知課題である心的回転課題も行った。また、全員に、無関連思考の抑制能力とワーキングメモリ容量を調べるテストも行った。その結果、おおむね、性差ステレオタイプを除去する教示を与えることにより、記憶課題や空間的認知課題の成績が向上する傾向が示唆された。
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