研究課題/領域番号 |
18K18705
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研究機関 | 国立障害者リハビリテーションセンター(研究所) |
研究代表者 |
渥美 剛史 国立障害者リハビリテーションセンター(研究所), 研究所 脳機能系障害研究部, 特別研究員(PD) (90781005)
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研究分担者 |
井手 正和 国立障害者リハビリテーションセンター(研究所), 研究所 脳機能系障害研究部, 研究員 (00747991)
宮地 重弘 京都大学, 霊長類研究所, 准教授 (60392354)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2020-03-31
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キーワード | 自閉症 / 感覚過敏 / 時間分解能 / GABA / モデルマウス / fMRI / MRS |
研究実績の概要 |
近年、自閉症スペクトラム障害(ASD)の主症状として感覚過敏・鈍麻が注目されている。これまで関連が疑われる要因が多数提案されてきたものの、ASD者の感覚処理様式は多様であり、包括的に説明可能なものはなかった。報告者らは、ASD者で感覚過敏の強さと触覚刺激の時間処理精度との関連を見出しており、感覚過敏は刺激の時間処理精度の向上によりその知覚印象が増強することで生じると考えた。 これまで、強い感覚過敏を訴えるある当事者で極端な触覚時間分解能の向上がみられ、その機能的磁気共鳴画像(fMRI)解析により、時間処理に関わる脳部位での高い神経活動を見出した。当該年度では、本症例と非診断群での解析から、これら脳部位の一部が感覚過敏の強さとも関連することを見出した。ASDでは、脳内のGABA作動性神経活動の機能不全による興奮/抑制性神経活動のバランスの乱れが報告されており、当該部位の抑制性機能の低下から過剰な時間分解能と感覚過敏が生じると考えられた。そこで、複数の診断・非診断群それぞれを対象に、プロトン核磁気共鳴スペクトロスコピー(1H-MRS)による皮質内GABA濃度を解析した。その結果、当該脳部位のGABA濃度が低いほど、感覚過敏の重症度が高まるという関係性を見出した。さらにGABA作動性神経活動の低下が刺激の時間処理を高めることを確かめるため、マウスをモデルとした行動薬理実験を行った。時間処理能力の評価のためマウスへ時間順序判断課題を訓練し、GABA受容体拮抗薬の投与が課題に与える影響を検討した。その結果、訓練を行った全個体で分解能の向上がみられた。これらは、ASDに特徴的なGABA作動性神経活動の不全が、刺激の時間処理の向上と感覚過敏へ関与するという我々の仮説を支持するものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
fMRI解析の進展により、高い時間分解能を示すあるASD症例と非診断群の比較から、触覚TOJ課題遂行中に左上前頭回(SFG)、腹側運動前野(vPMC)、上側頭回が課題の高いパフォーマンスに関与することが明らかとなった。また被験者全体の解析から、左vPMCの活動が高いほど、感覚過敏・鈍麻の重要度として広く臨床場面で用いられる、感覚プロファイルの感覚過敏スコアが高いという関係性を見出した。さらにMRS解析手技の導入により、左vPMCにおけるGABA濃度と感覚過敏との関連を新たに発見した。ASD群と非診断群を解析した結果、被験者全体で、左vPMCのGABA濃度と感覚過敏のスコアとの間に負の相関があり、特にASD群単独では刺激を積極的に回避する傾向との関連がみられた。これら当事者を含めた解析を踏まえ、マウスをモデルとした行動薬理実験を行った。触覚TOJ課題を3頭のマウスへ訓練し、その後、GABA-A受容体拮抗薬とそのコントロール薬投与時それぞれにおける時間分解能を計測した。その結果、全個体で拮抗薬投与時における時間分解能の向上がみられた。 現在、高い分解能を示すASD症例に着目したfMRI実験について論文投稿を行い、査読を受けている段階である。またMRSによる左vPMCのGABA濃度と感覚過敏の関連を示した研究については国際学会にて報告を行い、MRSやASDの感覚過敏についての専門家と意見交換を行った。目下、MRS計測データの追加を進めており、結果の信頼性の向上に努めている。さらにマウスを用いた研究では、実験装置の増設により個体数の増加を進め、GABA-A受容体作動薬による追加の薬理実験を準備している。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究では、fMRIで見出された、触覚TOJ課題に関与する複数の脳部位を標的に、GABAに起因した神経活動の高さが、刺激の時間分解能の高さや感覚刺激への過敏性を調節する可能性をそれぞれ検討する。被験者全体における新たなfMRI解析では、左SFGと右下前頭回(IFG)の活動が、時間分解能の高さの調整に関連していた。先行研究では、ヒト右IFGは刺激に依存した反応の抑制に関与していることが報告されており(例えばAron, 2003)、我々の実験ではこの領域の神経活動が低いほど課題のパフォーマンスが高い傾向にあることを見出している。マウスでは、内側前頭前皮質(mPFC)の活動が一部類似した機能を示すことが報告されている(Takahashi et al., 2014)。またげっ歯類における高次運動野のM2は、PMCと相似の機能を示すことが知られている(Gremel et al., 2013)。そこで今後の実験では、皮質内微小電気刺激(ICMS)やGABA受容体拮抗薬の局所投与を用いて、これらの神経活動を実験的に操作し、課題パフォーマンスへの影響を検討する。それぞれへの操作により同様な結果が得られる場合、電気生理計測を併用することで各領域の活動のタイムコースを確認する。これにより、課題に関連する部位間の機能的な結合状態を実験的に検討する。またこれら脳部位における神経活動の感覚過敏への関与についても検討する。自閉症モデルマウスにおける感覚刺激への感受性についてのこれまでの研究では、刺激呈示に随伴する嫌悪反応の有無は定かではない。そこで、触覚刺激による嫌悪学習中のマウス当該脳領域への操作が、学習の獲得に与える影響を解析する。これにより、当該部位の活動と刺激へのストレス応答調整との関連について、実験的に検証する。
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次年度使用額が生じた理由 |
マウス心理物理実験系確立のため、H30年度は触覚刺激および実験制御ソフトウェアを導入予定であり、研究計画時点で特注品の購入に相応の費用を見込んでいた。しかし適切な実験系の確立には、実験者自身の試行錯誤が必要である。実験装置は既成品を組み合わせることで作成に成功し、制御用ソフトウェアも自身で開発することができたため、費用を抑えることができた。研究第2年度目は、より多くの実験個体を訓練し効率化を図るため、第2年度目助成金分と併せ、実験系の増設を行う。2019年度4月より、代表者は所属研究機関を国立障害者リハビリテーションセンター研究所から杏林大学医学部へ異動したが、既に杏林大学にて実験計画の承認を受けており、増設分も含め実験系の設置を進めている。
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備考 |
上記2件の一般公開イベントで、研究のアウトリーチを行った。
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