本研究は,量子化学計算で得られた反応経路網のデータやポテンシャル曲面の構造を理解するための,数学的に裏付けのある手法を構築することを目標とするものである.一般的に量子化学計算で得られるデータは分子構造を記述する高次元空間の座標で書かれており,反応について理解するためには,何らかの方法で低次元空間に落としこむ必要がある.しかし,そのための数学的な理論はまだ未発達であり,化学者が経験や基づき手動で次元縮約を行なってきた.また,一般的な手法では,ポテンシャル曲面の構造を少数の着目する変数で記述し,着目していない方向はポテンシャルの最小値を取るなどの縮約を行なっているが,非線形性が強い場合にはこの方法で正しい構造は得られない.そこで本研究では,同変モース理論やコンレイ指数理論等のトポロジーの道具,それらを計算機上に実装 する計算トポロジー理論,さらにグラフの構造保存埋め込み理論などを組み合わせることにより,化学反応経路網を視覚的にも,幾何学的にもより正しく理解する技法を構築することを目指す.これまでの研究で,配位空間に存在する空間の回転対称性に起因する特異点を扱う手法を発展させてきたが,本年度はさらに進んで,同変版のホモロジーコンレイ指数理論の研究を進めた.これは本来の化学に由来する勾配的な流れという範囲を越えて,より一般の対称性を持つ力学系の研究において役立つツールとなる可能性がある.特に,実係数多項式で定義される複素力学系など,共役による対称性を持つ力学系に対しては,同変理論が通常のコンレイ指数を越えた情報を持つことが示唆される.
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