研究課題/領域番号 |
18K18727
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
芝内 孝禎 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 教授 (00251356)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2020-03-31
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キーワード | 走査型磁気顕微鏡 / ワイル磁性体 / ベリー位相 / 軌道磁化 / トポロジカル物質 / エッジ電流 / 表面磁場分布 / 時間反転対称性 |
研究実績の概要 |
磁性体でありながらトポロジカル物質の性質を有する「ワイル磁性体」では、波動関数がベリー位相を獲得することにより、エッジ電流が試料表面に誘起され、その電流による新たな磁化(軌道磁化)成分が通常磁化に加わることが理論的に提唱されている。ベリー位相に由来する様々な新規な物理現象が発見される中、この軌道磁化の観測は未だ例を見ない。本研究では、近年発見されたワイル磁性体候補物質Mn3Snにおいて、走査型磁気顕微鏡による表面磁場分布の精密測定により、世界で初となるエッジ電流による新しい軌道磁化成分の直接観測を目指す。平成30年度においては、ホール素子顕微鏡を用いてMn3Snの表面磁場分布の測定を行った。カゴメ格子の辺に沿って外部磁場を印加したのちに磁場をゼロに戻した状態で、辺方向に沿ってホール素子をスキャンした結果、試料中心付近における磁場勾配が、通常の磁性体とは異なる分布を示すことを明らかにした。この結果を理解するためにLLG方程式によるシミュレーションを行ったところ、通常磁化成分と、それとは反対向きに発生している別の磁場成分の2つを考えれば実験結果をうまく説明できることが分かった。この新しい磁場成分は、試料端にのみ電流が流れているときに発生する磁場として解釈可能であり、本実験結果はこの系で期待されるベリー位相由来のエッジ電流による軌道磁化の存在と矛盾しないものである。今後、温度依存性や磁場依存性などの詳細な研究により、軌道磁化の定量的な同定につながることが期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、ベリー位相由来のエッジ電流による軌道磁化成分の初観測を大きな目標としているが、平成30年度における結果は、その軌道磁化成分の存在を仮定するとうまく説明できるものである。ホール素子顕微鏡を用いた通常の強磁性体における測定では、試料の面内方向の磁化による表面磁場分布は、試料端において垂直成分がそれぞれ逆向きのピーク構造を示すことを確認した。試料中心付近では、2つの試料端の成分を滑らかにつなぐような勾配が現れる。これに対し、Mn3Snを面内に磁化した状態で同様の測定を行ったところ、試料端ではやはり逆向きのピーク構造を示したが、試料中心付近では逆勾配の部分が現れた。このことは、磁場分布が2つの磁場成分からなっていることを示唆しており、通常の磁化以外の成分があることを示している。通常の磁性体中の磁場分布は、反磁場の影響により、試料中のスピンの向きが試料端付近でわずかに傾き、試料端のみの電流が流れている状態の磁場分布とは若干異なっている。これに対して、ベリー位相由来の軌道磁化成分は、エッジ電流によるものであるため、反磁場の影響を受けず、通常磁化とは異なった分布になると期待される。そのため、通常磁化の向きと、軌道磁化の向きが反対方向であることを仮定すると、これら2成分の寄与が打ち消されないため、試料中心付近に逆勾配が現れたと考えられる。本研究では、これを確かめるためにLLG方程式を用いたシミュレーションを用いて、反磁場を考慮した通常磁化成分とエッジ電流による軌道磁化成分を反対向きに足し合わせることにより、実験結果をうまく説明できることを示すことができた。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度はホール素子顕微鏡によるMn3Snの表面磁場観測を行ったが、令和元年度では、より高い磁場分解能を得るために、ホール素子部分をトンネル磁気抵抗素子に置き換えた走査型磁気顕微鏡を開発し、より定量的な測定を行い軌道磁化の定量評価を行う。特に、トンネル磁気抵抗素子はスキャン方向に平行な磁場成分の測定が可能であり、垂直方向の信号を得るホール素子と合わせて測定を行うことにより、磁場ベクトルの分布を調べることが可能になると考えられる。 さらに、磁場依存性、温度依存性などの研究により、ベリー位相と関連しているホール抵抗の磁場依存性、温度依存性と比較することによる、ベリー位相起因のエッジ電流であることの決定的な証拠を得ることを目指す。さらに、磁場方向やスキャン方向を変えた測定も行い、軌道磁化の性質の詳細を調べる。 また、得られた結果を論文にまとめ、国際的なジャーナルへの投稿を行い、国際会議等での発表を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
予定より少ない測定回数で結果が出たため、寒剤費などの使用量を減らすことが可能になった。また、次年度ではヘリウム単価の急激な上昇が予定されているため、出費を抑えて次年度使用に回すこととした。
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