酵素反応が熱揺らぎと同程度の低いエネルギーで極めて正確に行われる原理は、明らかにされていない。本研究では、室温の熱エネルギー以下のエネルギーを持つテラヘルツ(THz)光を、酵素反応への摂動として利用した新手法を開発した。具体的には、RNAポリメラーゼによるDNA転写反応をモデルとし、この反応に与えるTHz光照射効果(及びコントロールとして熱伝導による温度上昇効果)をハイスループットDNAシーケンシング法で検出、統計的に解析する新しい方法を開発した(THz-pump-seq法)。そして、特定波長のTHz光照射が温度上昇とは質的に反対の作用をポリメラーゼ反応に及ぼし、その反応を正確にするという新しい現象を見出した。THz光は、THz領域に存在する水素結合ネットワークの分子間振動を励起する。このため、本研究で見出した波長依存性のある生命現象は、生体高分子・水和水の水素結合ネットワークにおける振動の自由度が、THz光によって励起され、高正確な酵素反応に繋がり得ることを示唆する初めての成果と言える。しかし、機構の中身はブラックボックスであった。そこで、水溶液中のタンパク質へのTHz光照射作用を溶液NMR法により原子レベルで観測する方法を開発し、直接的な観測を行った。そして、表面疏水基や親水基の違いを反映した、熱とは質的に異なるプロトン交換へのTHz励起作用が明らかとなった。さらに、誘電緩和から線虫の発生まで、様々なインデックスとレベルで生体試料におけるTHz光照射応答を測定する新手法を開発した。
THz照射実験において、田中真人氏(産総研)、保科宏道氏(理研)、山口裕資氏(福井大)の協力を得た。NMR測定・解析において、徳永裕二氏、竹内恒氏(ともに産総研)の協力を得た。誘電緩和測定・解析において杉山順一氏(産総研)の協力を得た。線虫実験において、倉持昌弘氏(茨城大)の協力を得た。
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