研究課題
近年、空間反転対称性の破れた2次元超伝導は非従来型超伝導実現の可能性などの観点から、大きな注目を集めている。中でもFeSeは1原子層で高い超伝導転移温度が報告されており、その機構解明が待たれている。本研究では、水素化したSrTiO3(STO)基板の上にFeSeなどの原子層超伝導体を積層し、水素原子が高いフォノン周波数を持つことを利用して原子層超伝導体の転移温度を上昇させようというものである。まずは要素技術開発としてSTO基板表面の水素修飾とその伝導化を実現した。これはノンドープSTOに対して熱処理後にクラックした水素を照射すると、表面が水素修飾され2次元伝導度が現れることを超高真空中4探針電気伝導測定によって見出したものである。この成果はPhys. Rev. B 101 085422において論文発表した。そして単原子層FeSeについてはまずは超伝導観測のため、水素化していないSTO基板上に積層した。FeSeは金属的で、低温においては抵抗は極めて小さく、現有装置での抵抗の精密な観測が技術的に困難になったため、高分解能を有する測定系の立ち上げを行った。先行研究に倣ってドープSTO基板を用いたが、これだと超伝導転移が観測しにくいと判明したため、絶縁STO基板を用いて適切な条件で熱処理し酸素欠陥を抑えた後、FeSeを成膜することが必要と考えられる。FeSeの超伝導についてはSTMにおけるギャップ観測の報告は多いが、電気伝導による超伝導観測は上記の問題等から簡単では無く報告は少ない。なお、これらFeSe薄膜の電気伝導については日本物理学会において発表を行った。今後の研究展開としては、FeSe/STO界面の水素修飾の有無によってFeSeの超伝導転移温度が変化するのかを確認し、どの場所の電子-フォノン相互作用が超伝導に効いているのか明らかにし、メカニズムを明らかにしたいと考えている。
3: やや遅れている
STO基板の表面を水素化して、2次元伝導を達成するところまでは順調に推移したが、肝心のFeSe超伝導体については、技術的難易度が非常に高く苦心した。特に、不均一性が高く、また伝導性基板を用いるとin situ4探針電気伝導装置では検出限界以下に達するほど抵抗が下がってしまうので、観測系の見直しを行ってより高精度に測定ができるように設計し直した。また、絶縁基板でも熱処理時に不可避的に酸素欠損が生じるため、酸素雰囲気下で熱処理を行うことが必要と判明したが、酸素雰囲気を超高真空系に導入するのが困難であった。酸素欠損の多い箇所は目視によって確認ができるが、トライした装置では探針を自由に動かせないので測定できる箇所は決定されてしまっており、測定したい場所だけをミクロに選択的に測定できるシステムが必要であると分かった。単原子層物質のため、大気中での測定が難しい点、そしてin situシステムを用いると大気中測定ほどは融通が利かない点があり、FeSe系での超伝導観測を困難にしている。このようにFeSeにおける要素技術の困難さがあり、本研究の進捗のボトルネックとなった。ただ、問題点は洗い出されたので今後の計画につなげていきたいと考えている。
今後は、主にFeSeの超伝導観測をまずは全力で取り組みたい。必要なのは、酸素欠損を抑えたSTO基板を用意すること、FeSeを原子層成長し、探針位置を見ながら独立に動かせる独立4探針STMを用いて、酸素欠損の少ない箇所を選んで電気伝導測定を行うことである。水素化技術はすでに確立しているので、水素化した/していないSTOの上にFeSeを成長してそれぞれの超伝導転移温度を比較したい。また膜厚も変化させることで、界面におけるフォノンの影響が超伝導にどのように影響するのかを明らかにしたいと考えている。FeSeのように薄い超伝導では基板や隣り合った層などの影響が大きくなると考えられ、その物質そのものだけでなく基板などとの組み合わせも極めて重要である。本研究はそれを具体的に示すものとなると考えられ、トライする価値は十分にある。FeSeの技術的困難さを克服し、研究を今後も展開していきたいと考えている。
この金額は、本来であれば3月に予定していたアメリカで行われるアメリカ物理学会March Meetingへの出張旅費として使われる予定であった。しかし、新型コロナウィルス感染が拡大し、当該会議がキャンセルとなったため、止む無く次年度使用額として用いることにした。使用目的としては、もともとが研究の発表に用いる予定であったため、主に学会や研究会への出張旅費として、また研究に関連した消耗品としても使用する予定である。
すべて 2020 2019 その他
すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (21件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件) 備考 (3件)
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