研究課題/領域番号 |
18K18745
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研究機関 | 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 |
研究代表者 |
村上 洋 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 量子生命科学領域, 主任研究員(定常) (50291092)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2022-03-31
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キーワード | 逆ミセル / フレーリッヒ / ボーズ・アインシュタイン凝縮 / 振動分光 / 細胞 |
研究実績の概要 |
フレーリッヒが提案した細胞モデルは、細胞中で代謝エネルギーを使ってボーズ・アインシュタイン凝縮が起こるという革新的理論である。その凝縮によりコヒーレントな巨視的格子振動が発生(フレーリッヒ凝縮)する。細胞内の生命活動の基本的過程はタンパク質分子などの生体分子たちの化学反応である。フレーリッヒ凝縮が起こるとそれらの化学反応が起こっている場所では秩序立った地震のようなものが起こり、生体分子同士の認識を助け化学反応の効率を上昇させるなどの効果をもつ。この仮説が正しければ従来の生命科学は大きな修正を迫られる。しかし、細胞の複雑さのためにこのモデルの検証は困難であった。研究代表者は、逆ミセルという微小水滴を用いて構成要素が格段に少ないモデル細胞を構築し、代謝エネルギーの代わりに逆ミセル内にレーザー光やマイクロ波によるエネルギー注入を行うことを着想した。本研究の目的は、逆ミセルを用いてこのフレーリッヒ凝縮に起因した振動スペクトル転移の観測を行い、このモデルの物理的核心部分を検証することである。本年度は、マイクロ波(電磁波周波数:2.45GHz)照射によるエネルギー注入を用いた検証研究のためにマイクロ波源・導波管システムを構築し、振動スペクトル観測用のレーザーラマン散乱測定系と組み合わせ、全装置の最適化を行った。そして、タンパク質分子などを含まない水滴のみの逆ミセルを対象に非共鳴ラマン散乱研究の準備的実験を行った。マイクロ波照射により水の分子内振動スペクトルの周りに既存のスペクトルとは形状の異なる振動スペクトルが得られた。試料の温度評価からこの新たな振動スペクトルが熱的効果に起因するとは考えにくい。非熱的効果であるならばフレーリッヒ凝縮の可能性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
フレーリッヒ凝縮の検証のために、逆ミセルサイズやエネルギー注入速度などの実験条件依存性を広範に測定する計画であったが、①感染症蔓延による装置の修理・納入遅れ、リモートワークや出張制限のために計画が遅れ、②エネルギー注入用のレーザー光の強度を上げた時それに起因した背景信号がラマン散乱振動スペクトルの観測を妨げるという問題が起こり、その問題解決のために光学配置変更やレーザーの波長を変えるなどの取り組みに時間を要したために、その計画を達成することができなかった(そのため研究期間を延長した)。しかし、マイクロ波エネルギー注入を用いた準備的検証実験において、フレーリッヒ凝縮の実証のための候補になり得る実験結果を観測し今後の研究展開の足がかりを得たと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
上記で述べたようにマイクロ波照射を用いたエネルギー注入により現れた新たな振動スペクトルはフレーリッヒ凝縮に起因する可能性がある。そのため、今後はマイクロ波エネルギー注入を用いた検証実験を主に行っていく。そのために以下の項目を調べる。①その振動スペクトルはどの分子に起因するのか、水、膜分子或いは生体高分子、それとも複数の組み合わせが必要か、②振動スペクトルの出現に入射エネルギー閾値が存在するか?(フレーリッヒ凝縮モデルは入射エネルギー閾値をもつ転移現象である)、③逆ミセルサイズにどのように依存するか?(そのモデルではエネルギー散逸速度や振動モード間の非線形相互作用がパラメータとなっている。逆ミセルサイズを変化させることによりそれらのパラメータ依存性に関する情報を得る)。④その新たな振動スペクトルは水分子の酸素-水素原子間伸縮振動の周りで見つかった。振動周波数は1000(cm-1)を超える領域である。フレーリッヒ凝縮で予想される振動数は10(cm-1)程度であり大きく異なる。その理由として、フレーリッヒ凝縮の振動モードと水の伸縮振動モードが結合することにより水の振動モードの周りに振動が現れることが考えられる。さらに情報を得るために、反ストークスラマン散乱を含め広い周波数領域でラマン散乱振動スペクトルを調べる。一方、そこに色素分子などが存在すれば、色素分子の周りの媒質にはフレーリッヒ凝縮に起因した振動状態の変化が起こるはずである。そこで、色素分子の吸収や蛍光スペクトルや共鳴ラマンスペクトルを調べる。
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次年度使用額が生じた理由 |
マイクロ波照射実験に導入予定のサーモカメラや分光検出器などの仕様の検討及びメーカー選定に時間を要し、年度内の調達ができなかったため次年度使用額が生じた。来年度にこれらを購入する予定である。
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