研究課題
本研究では、重力レンズ効果を受けた高赤方偏移クェーサーの近赤外線高分散分光観測を行う。クェーサーのスペクトルにあらわれる銀河間物質の吸収線を用いて、その場所、時刻における微細構造定数の値を測定し、地球上の実験で得られた値と比較することで、微細構造定数の変化を探ることが目的である。本年度は、対象天体のひとつである重力レンズクェーサー、QSO B1422+231を、すばる望遠鏡と近赤外線カメラIRCSを用いて観測した。レーザーガイド星システムを用いて天体画像を補正し、Jバンド、波長分解能約20,000のスペクトルを得た。後述するように、レーザーガイド星システムが従来通りの性能を発揮できず、補償が十分ではなかったため、得られたスペクトルの精度は低かった。スペクトルを解析した結果、微細構造定数の測定に必要な吸収線(Fe, Mg)を検出することができた。しかしスペクトルのノイズが大きいため、誤同定している可能性も捨てきれない。検出した吸収線を用いたデータ解析を行った。まずこの吸収線をうみだしている銀河間物質の赤方偏移は z = 3.5397 と求まった。この値は、先行研究で求まった値(z = 3.54, Hamano et al. 2012)と非常によく一致した。次に、この吸収線を用いて微細構造定数を求めた。決められた赤方偏移の値を使って、3本の吸収線の微細構造定数を計算した。求まった微細構造定数の標準偏差は、5x10^-4となった。この値は、我々が達成したい精度である10^-6に比べて2桁大きい。これらのことから、現状の補償光学装置を使った観測では、精密測定が難しいことが確認できた。またIRCSの波長分解能が不十分であることも考えられる。
3: やや遅れている
対象天体が暗いため、レーザーガイド星システムを使った補償光学観測が必要である。しかし2018年の観測では、レーザーの出力が弱く、暗いガイド星しか作り出すことができなかった。すばる望遠鏡の担当者が何度か改善を試みたものの、出力を強くしたり、安定させたりすることができなかった。いまだにその原因は解明できておらず、装置の避けられない劣化である可能性が高い。このようにレーザーの出力が弱く、ガイド星が暗かったため、十分な天体像の補正をすることができず、得られたスペクトルのシグナルノイズ比は低かった。レーザーガイド星システムの状況が改善する見込みがなかったため、2019年度後期の観測提案は諦めざるを得なかった。観測ができたとしても、十分な精度のスペクトルが得られる見込みがないからである。このように2019年度に観測を進められなかったことから、本研究は予定に比べてやや遅れていると判断した。その一方、観測装置であるIRDの開発は終了し、観測等が進められている。すばる望遠鏡戦略枠がスタートし、データを取得しつつ装置の性能評価とデータ解析方法の検討が進んでいる。来年度の観測までには、観測方法、解析方法が十分に確立できると考えている。
今年度の研究により、現状の装置を使った観測では十分な精度のスペクトルが得られないことが分かった。過去にも、すばる望遠鏡とIRCSを使ったアーカイブデータを用いて、QSO B1422+231のデータ解析を行ったことがある。ただし、この時のデータは補償光学を用いていなかったため、その影響によってデータの質がよくない可能性があった。今回は補償光学を用いて観測し、データ解析を行った。その上で、現状の補償光学装置とレーザーガイド星システムでは、十分に精度の高いスペクトルが取得できないことを確認できた。また現状では、波長較正が十分でないことも確認できた。観測の前後にトリウムアルゴンランプのスペクトルを取得し、波長較正に使えるデータを取得している。しかしこれまでの研究で、対象天体の観測とランプ観測の時間間隔が長いため、波長較正の精度が落ちる、ということが分かっていた。より良い較正方法として、対象天体のスペクトルに同時にうつっている地球大気の吸収線や、OH輝線を使う方法がある。B1422は暗いため、スペクトルの連続光も暗く、大気吸収線が見えない。 今回はOH輝線を使って波長較正を行ったが、スペクトルの中の輝線の数が少ない。波長較正の面では、新しい装置であるIRDを用いることが解決策となると期待できる。これらを考え話合わせ、2019年度は、IRDと新しいレーザーガイド星システムを用いた観測を提案し、実行する予定である。新しいレーザーのパワーは、これまでと比較して格段に強くなる。これにより精度の高い、安定した星像の補正が可能になると期待できる。このようなデータを取得し、微細構造定数の検証を進めていく。
すばる望遠鏡のレーザーガイド星システムが不調であったため、2018年の観測を行わないことになった。対象天体は暗いため、補償光学装置を使って天体像を補正し、スリット内に天体からの光が集中するようにして観測する必要がある。この天体の近くには明るい星が存在しないため、レーザーガイド星システムを使って人口星を作成し、それをガイドにして補正を行う予定になっていた。観測を1度は行うことができたものの、レーザーの出力が弱かったため、十分な補正を行うことができなかった。現在、新しいレーザーガイド星システムの導入が進められており、2019年度中には観測を始められる予定である。この新しいシステムを用いた観測の準備を進めている。
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Proceedings of the SPIE
巻: 10702 ページ: id.1070211
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Publications of the Astronomical Society of the Pacific
巻: 989 ページ: pp.074502
10.1088/1538-3873/aac1b4