研究課題
本研究の目的は、物理定数の定数性の検証である。我々は研究対象として遠方クェーサーを選び、110億年前の微細構造定数の変化の有無を測定する予定であった。しかし装置開発の遅れにより、残念ながらまだ観測は実行されていない。そこで私たちは他の天体を用いて、他のパラメータスペースでの検証を行うことにした。クェーサーの研究では、遠い過去における物理定数の検証ができる。一方、巨大ブラックホールの近くにある天体を対象とすることで、強重力場における物理定数の検証ができる。ふたつのパラメータスペースでの検証を行うことで、より深い物理法則の検証が可能になると考えている。私たちは銀河系にある巨大ブラックホール近傍の星に着目し、研究を進めた。銀河系の中心には、太陽の約400万倍の重さの巨大ブラックホールが存在する。その周りには、強い重力によりブラックホールにとらわれている星が多数存在する。私たちは5年以上の時間をかけて、そのような星の分光観測を続けてきた。低温の星のスペクトルには、星の大気にある多数の金属の吸収線がみられる。この吸収線の波長は、微細構造定数に依存する。星の吸収線の波長を精密に測定することで、この星がある場所、つまり強い重力場の中という特殊な領域で、微細構造定数が地球上と同じ値なのかどうか検証することができる。私たちは5つの星のスペクトルを使って、ブラックホール近傍での微細構造定数を調べた。その結果、誤差の範囲内で地球上の値と同じであることを確認した。この結果はPhysical Review Letter誌に発表された(Hees, et al. 2020, 124, 081101)。また注目すべき成果として、"Editor's Suggestion" に選ばれ、web上で解説されている(https://physics.aps.org/articles/v13/s28)。
2: おおむね順調に進展している
当初目的としていた、クェーサーの観測は遅れている。その理由は観測装置開発の遅れにある。本研究を行うためには、すばる望遠鏡の新たなレーザーガイド星システムが必要である。これまでに行ってきた予備観測で、旧来のレーザーガイド星システムでは、空間分解能が十分でないことを示した。空間分解能が足りなければ、クェーサーのふたつの重力レンズ像を分離することができない。またクェーサー像が広がってしまうため、スペクトルの測定精度も悪くなってしまう。当初の予定では、2019年後半から新しいレーザーガイド星システムが導入される予定であった。しかし2つの理由で、いまだに導入されていない。ひとつは、ハワイ島マウナケア山への立ち入りができなくなったことである。新しい望遠鏡の建設反対運動により、山頂での作業が難しくなった。そのため、新しいシステムの導入が遅れている。さらにふたつ目の理由として、新型コロナウィルスの感染拡大により、ハワイ島に外出禁止令が出されたことが挙げられる。これにより現在も、山頂での作業ができない状況にある。これらの理由から新しいレーザーガイド星システムの導入が遅れており、クェーサーの観測を実施できていない。クェーサーの観測が進められないため、他の天体を使った研究を進めてきた。それが銀河系中心にある星を用いた微細構造定数の研究である。これまでにすばる望遠鏡で得られた観測データを用いて、銀河中心のブラックホール近傍における微細構造定数を測定し、その結果を公表した(Hees et al. 2000, Physical Review Letters)。このような強重力場における物理定数の検証は、過去にあまり例がない。このように、従来の目的であるクェーサーの観測は、我々にはコントロールできない理由で遅れている。しかし異なる天体を用いて、新たな検証ができたため、研究は進展していると考える。
引き続きすばる望遠鏡と新しいレーザーガイド星システムを用いた観測提案を続けていく。今年度の観測提案は、レフェリーの評価は高かったものの、観測装置開発の遅れにより時間配分がされなかった。システムの導入を待って観測提案を行うが、ハワイ島の外出禁止令の延長などの影響に左右されるため、先行きが予想できない。そのため私たちは、銀河系の中心、巨大ブラックホールの近くにある星を用いた微細構造定数の検証を進めていく。2014年以降、銀河系中心の星の高分散分光観測を進めてきた。目的は異なるサイエンスであったが、この観測時に、観測対象とは異なる星のスペクトルも同時に取得できている。その中の低温の星(晩期型星)には、多数の金属の吸収線がある。このような吸収線の波長は、微細構造定数に依存する。どの吸収線がどのように依存するのか、計算によって求めることができた(Hees et al. 2020, Phys. Rev. Letters)。この手法を用いることで、ブラックホールの近く、強い重力場という特異な領域での微細構造定数の変化の有無を検証することができる。また同じ星を継続して観測することで、重力場の変化と微細構造定数の関係を調べることができる。
ハワイ島における新しい望遠鏡の建設反対運動や、コロナウィルス感染拡大のため、観測装置の導入が遅れている。これにより観測に必要な旅費を使う機会がなかった。また日本でも出張が難しい状況であったため、研究会参加を見合わせ、ミーティング等の出張も取りやめた。そのため次年度使用額が生じた。
すべて 2020 2019 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 3件、 査読あり 5件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件) 図書 (1件) 備考 (1件)
Physical Review Letters
巻: 124 ページ: 081101
10.1103/PhysRevLett.124.081101
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https://physics.aps.org/articles/v13/s28