研究課題/領域番号 |
18K18766
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
高柳 匡 京都大学, 基礎物理学研究所, 教授 (10432353)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2022-03-31
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キーワード | ゲージ重力対応 / 超弦理論 / 場の量子論 / 量子情報 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、経路積分を用いてゲージ重力対応と量子情報の深い関係を明らかにすることである。本年度の研究実績のハイライトは以下の二つである。一つ目が、共形場理論の経路積分の効率化がゲージ重力対応でどのように実現されるか明らかにした研究である。これまで共形場理論のワイル変換を用いて経路積分の効率化が定式化されてきて、効率化を実行すると自然に反ドジッター空間が導出されることから、ゲージ重力対応の基礎原理と深く関わることが示唆されてきた。本研究では、反ドジッター空間の量子重力理論の量子状態を与える「ハートル・ホーキングの波動関数」を考え、それが最大の値をとることが、実は、ゲージ重力対応を通じ、共形場理論の経路積分の効率化と等価になることを見出した。この研究成果をまとめた研究代表者らの論文はPhysical Review D誌に掲載された。
二つ目の研究実績のハイライトは、擬エントロピーと呼ぶ、研究代表者らがゲージ重力対応に動機付けられて約一年前に導入した新しい量子情報量を自由場理論に関して数値的に解析し、その基本的な性質の数々を初めて明らかにした研究成果である。この研究は本科研費で雇用したMollabashi氏との共同研究によるものである。まず、擬エントロピーを経路積分を用いて計算する手法を発展させ、自由場理論に関して擬エントロピーを計算する公式を見出した。そして、その公式を元に、スカラー場理論に関して擬エントロピーの数値計算を行い、基本的な性質を明らかにした。またイジング模型の常磁性相と強磁性相の擬エントロピーでは、エンタングルメント・エントロピーとの差が正になり、擬エントロピーを用いて量子相転移を検出できることを見出した。この研究成果はPhysical Review Letter誌に掲載された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は経路積分の手法から、未だにその基礎原理が理解されていない「ゲージ重力対応」を量子情報の観点も援用しながら解析し、その核心に迫ることである。この研究の鍵となるのが「経路積分の効率化」という研究代表者らが開発した手法である。これは、共形場理論と呼ばれる場の量子論に対して定義され、その経路積分を離散化して数値計算することを念頭に置いた際に、期待される量子状態は変えずに、可能な限り離散化の度合いを大きくするというアイデアにもとづく。この経路積分の効率化を行うと自然に反ドジッター空間が現れ、ゲージ重力対応との類似が示唆されてきたが、これまで、その詳細は謎であった。本年度の研究では、反ドジッター空間の重力理論における「ハートル・ホーキングの波動関数」を考えることで、この疑問に答えることに成功した。さらに、この研究代表者らの本年度の発見によって、「ゲージ重力対応の時刻一定面が、なんからのテンソルネットワークに相当するのではないのか?」という多くの超弦理論の研究者を魅了してきた疑問に対して肯定的な回答を与えた。またこの研究では、共形場理論の場の量子論的な扱いでは計算することができない、有限のカットオフ効果に関してもゲージ重力対応を用いて、フルオーダーで計算することを可能とした。このように本年度は、「経路積分の効率化」と「ゲージ重力対応」の関係を明らかにする重要な研究成果が得られ、これは本研究のゴールの一つである。これに加えて、当初の計画では予期していなかった成果として、経路積分の手法を擬エントロピーと呼ばれる新しい量子情報量の計算にうまく応用することに成功し、自由場理論という基本的な場の量子論に対して、具体的に擬エントロピーを数値計算を行った。この研究成果はPhysical Review Letter誌に掲載された。以上の理由で、おおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
今までの研究で、「経路積分の効率化」と「ゲージ重力対応」の関係が「ハートル・ホーキングの波動関数」を用いることで明確になってきた。しかし、これまでの研究では重力理論と共形場理論の双方がユークリッド空間(虚時間)で定義されている場合を扱ってきた。ゲージ重力対応のダイナミクスを理解するにはさらにこの関係を、ローレンツ時空(実時間)に拡張する必要がある。そこで、今後の研究では、ハートル・ホーキングの波動関数をローレンツ反ドジッター時空に対して定義して、その性質を調べ、「経路積分の効率化」との関係を明らかにしたい。可能であれば、これらの研究成果を元に、究極のゴールと言える「ゲージ重力対応の導出」の核心に迫りたい。また負の宇宙項を持つ反ドジッター時空のみならず、正の宇宙項をもち、現実の宇宙を記述すると期待されているドジッター時空のハートル・ホーキングの波動関数を解析することで、対応する経路積分の効率化を明らかにし、ドジッター時空のホログラフィー原理の理解を深めたい。これが実現されれば、超弦理論の大きな課題であるドジッター時空の量子重力理論の理解に大きな進展をもたらすことができる。
また、同時に、2020年度に研究が開始された擬エントロピーの経路積分を用いた解析についても、フェルミオン場や、時間に依存する背景などへ我々が開発した計算手法を拡張したい。特に、2020年度の研究で、イジング模型において擬エントロピーが量子相転移のオーダーパラメーターとなりえることが見出されたが、より広範囲の量子系で同様の性質が成り立つのか、自由フェルミオン理論等でこの予想を検証したい。また擬エントロピーは一般に複素値をとると考えられるが、これまでは実値をとる例しか場の量子論では解析されてこなかった。そこで複素値をとる例として、量子クエンチのような時間発展する系の擬エントロピーを解析したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究は2020年度に完了する予定であったが以下の二つの理由で、次年度も研究を継続する必要が生じ、次年度使用額が生じた。 (1)まず、8月から本科研費でポスドク研究員として雇用する予定であったMollabashi氏の着任が、コロナ禍の入国制限のために3か月ほど遅れ、その3か月分の給与(約120万円)が不要となった。このため、経路積分によるゲージ重力対応の解析の研究の一部(擬エントロピーの数値解析)が遅れたので、2021年度に新たにポスドク研究員を3か月雇用して、この研究を遂行する予定である。 (2)もう一つの理由が、研究代表者が成果発表の招待講演を行う予定であった国際会議の二つ(必要旅費計60万程度。それぞれ、沖縄科技大で開催される量子重力理論に関する国際研究会と、ベルギーで開催されるゲージ重力対応と量子情報理論に関する国際研究会)がコロナ禍のために、2021年度に延期になったことである。来年度、これらの国際集会に出張する際の旅費に、本科研費を使用する計画である。
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