過敏性腸症候群と呼ばれる疾患では,炎症や潰瘍がないにもかかわらず下痢や便秘,腹痛などの症状が現れる.小腸や大腸の消化管運動の異常により,腸内容物の輸送・吸収機能が低下し,また腸内細菌叢が変化することが原因であると考えられている.しかしながら,現在の医用イメージング技術では,腸内の輸送現象を可視化することができず,結果として,この疾患の病態メカニズムは十分明らかになっていない.本研究の目的は,我々の数値流体力学とオークランド大学の電気生理学の統合的解析を用いて,過敏性腸症候群の病態メカニズムに,力学的視点に基づく革新的な理解を提供することである. 2019年度は,第一に「rectosigmoid brake」と呼ばれる現象に着目し,これに対する計算モデルの開発と解析を実施した.大腸の腸管運動には,順行性の運動と逆行性の運動があり,逆行性の運動は直腸への便の輸送を制御していると考えられている.「rectosigmoid brake」と呼ばれているが,十分明らかでなかった.オークランド大学の研究によって,結腸と直腸のジャンクションの領域において,直腸S状部を起源とする逆行性の蠕動運動が発生していることが分かってきた.この逆行性の蠕動運動が大腸内の便輸送に与える影響を明らかにするため,医用画像データに基づく大腸の形状モデルを構築し,2018年度に開発した腸内流動の数値流体力学モデルに導入することで,ヒト大腸の計算モデルを開発した.逆行性の蠕動運動によって生じる腸内圧力分布の変化などを解析し,直腸S状部を起源とする逆行性の蠕動運動が直腸への便輸送に与える影響を明らかにしている.
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