「タンパク質+トレハロース+水」の3成分系および各成分の中性子非弾性散乱解析を行った。その結果、タンパク質のみでは150Kから240K付近にかけて直線的に非干渉性散乱強度が減少するが、約240K以上の温度でこの直線性からさらに減少が見られた。このことは240K付近でタンパク質がガラス転移を起こしていることを示す。一方、トレハロースのみでは測定した全温度でほぼ直線的に強度の減少が見られ、室温でもガラス状態にあることが分かった。トレハロースとタンパク質の混合物でもやはり同様に室温までほぼ直線的な減少が見られた。このことから、トレハロースが存在することによって、タンパク質の分子揺らぎは抑制され、室温条件下でもガラス状態にあることが分かった。また、温度や水分量を段階的に変えた試料の中性子非弾性散乱スペクトルの解析を行った結果、低エネルギー領域に水和量に依存した顕著な違いが確認された。また、重水素化ラベルによって水分子のダイナミクスを選択的に観測し、さらに分子シミュレーションを援用した解析によって、中性子準弾性散乱から水和水の水素結合の寿命を定量的に評価できることを示した。さらに水和タンパク質のテラヘルツ周波数領域の中性子非弾性散乱スペクトルに観測されるボソンピークに対する水和・温度・圧力効果を系統的に調べ、ボソンピークがタンパク質分子内部の空隙と関連していることを見出した。さらに、タンパク質表面で集団的に揺らぐ水和水のフォノンモードとボソンピークがカップルしていることを示唆する結果を得た。これら結果は、中性子散乱実験や分子シミュレーションによる解析により、アモルファス状態にある水和タンパク質のナノ熱物性をフォノンの観点から解析できることを示唆する結果であり、中性子によるナノ熱物性解析の重要性を示した。
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