研究課題/領域番号 |
18K18867
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研究機関 | 大阪電気通信大学 |
研究代表者 |
中村 敏浩 大阪電気通信大学, 共通教育機構, 教授 (90293886)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2020-03-31
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キーワード | 磁性透明導電膜 / 希薄磁性半導体 / 透明導電膜 / スピン注入 |
研究実績の概要 |
希薄磁性半導体と透明導電膜とを融合した「磁性透明導電膜」による有機材料へのスピン注入を検証し、その具体的なデバイス応用として有機EL素子からの発光の偏光制御を目指す。まず、磁性透明導電膜を有機ELの陽極として採用し、強磁性透明陽極によるスピン偏極ホールの発光層への注入機構を解析する。また、ハーフメタル材料を陰極に用い、完全スピン偏極電子の発光層への注入も視野に入れて取り組む。これらの作業により作製したスピン注入有機EL素子からの発光の旋光度の磁場依存性を増大させ、偏光発光による3次元表示等の新機能の実現のための方策を探る。 具体的な研究方法としては、磁性透明導電膜を透明陽極として用いた有機EL素子において、磁性透明導電膜中の磁性ドーパント種ならびにドーパント密度を系統的に変化させ、それが有機層へのスピン注入効率に及ぼす影響を調べる。さらに、強磁性電極を有する有機EL素子を作製し、素子の強磁性電極からスピン偏極キャリアを発光層に注入することにより、発光過程のスピン状態を制御するための指針を探索する。 これまでに、磁性透明導電膜の作製と物性評価に特に注力し、アモルファス薄膜や多結晶薄膜からエピタキシャル成長膜まで異なる結晶性の磁性透明導電膜を、ガラス基板からフレキシブルポリマー基板まで様々な基板上に作製できることを示した。この成果に基づいて作製した磁性透明導電膜上に、有機材料薄膜の積層構造を作製する実験を開始している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
磁性透明導電膜による有機材料へのスピン注入を検証し、それを有機EL素子へ応用するためには、その目的に適した磁性透明導電膜を用意する必要がある。そこで、まず、さまざまな結晶性を有する磁性透明導電膜を作製することに着手した。基板材料としてイットリア安定化ジルコニア(YSZ)単結晶、無アルカリガラス、ポリエチレンナフタレート(PEN)を用いてRFマグネトロンスパッタリング法によりMn添加ITO薄膜を作製し、作製した薄膜の結晶性をX線回折法により評価した。YSZ単結晶基板上への成膜では、エピタキシャル成長膜が得られる条件を見出した。ガラス基板上への成膜では、多結晶膜の成長を確認するとともに、特定の面方位が優先配向して成長する条件も見出した。また、PEN基板上に低温作製した薄膜はアモルファス様であることを確認した。加えて、作製したMn添加ITO薄膜の抵抗率を四探針法により評価するとともに、透過率を可視吸収分光法により評価した。いずれの薄膜も、Mnを添加したことにより、導電性と透明性ともに損なわれず、透明導電膜として十分に利用できる特性を有することが確認された。また、有機層を積層する前に磁性透明導電膜に対して大気圧プラズマ処理による仕事関数の最適化を行うための大気圧プラズマ源の開発も進めた。 次に、得られたMn添加ITO薄膜上に、有機ELの正孔注入層として用いられる銅(Ⅱ)フタロシアニンと、正孔輸送層として用いられるN,N’-ジ-1-ナフチル-N,N’-ジフェニルべンジジンの薄膜を真空蒸着法により作製した。その結果、有機薄膜の形成過程が下地である磁性透明導電膜の結晶構造に大きく依存することがわかった。 このように、磁性透明導電膜を有機ELの陽極として採用したデバイスを作製するための実験を着実に進めている。
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今後の研究の推進方策 |
初年度に行った磁性透明導電膜を有機ELの陽極として採用したデバイス作製のための実験をさらに推進する。磁性透明導電膜を有機EL素子の透明陽極として用いる場合、磁性透明導電膜からホール輸送層へのホール注入が効率よく行われることが必須である。オーミック過程でのスピン注入が可能となりスピン注入効率を向上させるためには、磁性透明導電膜の仕事関数がホール輸送層の分子のHOMO準位よりも大きくする必要がある。この点を踏まえ、仕事関数が大きい磁性透明導電膜を得るための最適な3d遷移金属ドープ条件(ドーパント元素の種類、ならびに、ドープ量)を探る。 本研究で作製するスピン注入デバイスは、磁性透明導電膜の物性のみならず、磁性透明導電膜と有機層との界面の状態に大きく依存することが予想される。有機層を積層する前に、磁性透明導電膜に対して大気圧プラズマ処理を施すことにより、大気圧プラズマ中のOHラジカルが磁性透明導電膜表面に作用して、磁性透明導電膜の仕事関数を増大させるとともに、磁性透明導電膜表面を平坦化することを試みる。大気圧プラズマ処理後の磁性透明導電膜に有機層を積層することにより、磁性透明導電膜と有機層との界面の平滑化も試み、キャリアの散乱の少ない界面を実現する。 磁性透明導電膜を有機ELの陽極として用いた有機EL素子を作製する。素子の発光効率を調べることにより、磁性透明導電膜からのホール注入に対する大気圧プラズマ処理の効果も合わせて評価する。さらに、素子からの発光の旋光度の磁場依存性を測定する。磁性透明導電膜の電気・磁気特性が有機EL素子からの偏光発光に及ぼす影響を調べることにより、磁性透明陽極によるスピン偏極ホールの発光層への注入機構の解明を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
RFマグネトロンスパッタリング法による磁性透明導電膜の作製にかかる金額が当初予定より少額で済んだため、215,141円の次年度使用額が生じた。 次年度も磁性透明導電膜による有機材料へのスピン注入の検証のための実験を継続的に推進することから、有機材料薄膜を磁性透明導電膜上に作製するための真空蒸着実験に用いる材料や部品を購入するための消耗品費が必要である。そこで、215,141円の次年度使用額は、翌年度分として請求した助成金と合わせて、有機材料薄膜の作製等のための消耗品費として用いることを計画している。
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