研究課題/領域番号 |
18K18939
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研究機関 | 岐阜大学 |
研究代表者 |
屋代 如月 岐阜大学, 工学部, 教授 (50311775)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2021-03-31
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キーワード | ナノメートル刃 / 切断 / 分子動力学シミュレーション / 表面エネルギー / 弾性係数 / サブグレイン形成 |
研究実績の概要 |
本研究はナノメートルでの「切断」の科学として,材料内に刃先が進入し分離するという現象に焦点を当てて,様々な分子動力学(MD)シミュレーションを行い,ワーク(被削材)の種類や結晶方位,刃先形状,刃先とワークの相互作用,温度など,様々な要因が切断・分離現象(切断面の荒れや離れた場所でのクラック発生など)に及ぼす影響を検討する. 本年度の前半では刃の弾性変形を考慮した分子動力学シミュレーションを実施した.その結果,ワークに対して刃が小さいためひずみエネルギーのバランスから刃の変形の方が大きくなってしまうこと,また通常の押し込みシミュレーションと同等または1桁遅い切断速度でも速すぎてワークと刃の原子混合が生じてしまうこと,などが明らかになった.すなわち,ワークと刃が同程度の大規模なモデルで,かつ切断速度を2桁ぐらい低速にしなければならない.このため現時点ではMDで刃先の弾性変形を考慮したシミュレーションは現実的ではないと判断し,Peridynamicsによる上位スケールで検討することとした. 後半では,切断における定量的な指標を見出すべく,ワークの弾性係数と表面エネルギー,そして刃の表面エネルギーに着目した検討を行った.具体的にはワークをfccのNiとCu, 刃を剛体Feとして,刃先が侵入する表面を(001), (110), (111)の三種類,90°の三角刃(▽)で刃の表面を(001),(110)の二種類で切断するシミュレーションを実施した.その結果,NiとCuの大きな弾性係数の差(C11はNiが247GPa,Cuが170GPa)にも関わらず,切断反力には大きな差がないこと,Fe(001)表面はFe(110)表面より原子レベルで凹凸があるため,ワークを噛みこんで回転させることで刃の下に多数のサブグレインを形成し,Niでは刃先前方のサブグレインからの割れを生じることなどを明らかにした.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度は刃の結晶構造と同化する「膜」の存在を示し,膜とワークの界面での分離が切断面の荒れに重要であることを示した.今年度は初めて刃の弾性変形を考慮したが,実績で述べたように現時点では難しいことが判明したので,昨年度の結果からさらに定量的な評価につなげるべく,ワークの表面エネルギーと弾性係数,刃の表面構造に着目した検討を行った.すなわち,昨年度までは刃先の形状を放物線や三角刃の角度を変えて検討していたが,刃の角度が鋭利であれば切断抵抗は小さくなり,投影断面積に依存するという当然の結果と,刃の表面の原子構造が単純な指数表面ではないため定量的な議論が難しい,という問題があった.そこで今回は90°▽刃とすることで同じ表面で構成される刃とし,かつワークも単結晶で弾性係数が大きく異なる二種類の材料を比較することで定量的な評価基準を得ることを検討した.その結果,3次元球体圧子の押し込みと異なり,平面ひずみ的な二次元切断においては刃先からの塑性変形が容易に生じるため弾性係数の差が切断反力にあまり現れないこと,刃の表面ステップによってワーク表面の回転・沈み込みの有無に差を生じ,表面ステップのある(100)刃では刃の前方に多数のサブグレインを形成し切断面が荒れること,表面ステップがない(110)表面刃では刃の前方にすべり方向に配向した大きな結晶粒を形成し,この粒界面と刃の後縁の三重点でワークが分離しきれいな切断面となること,積層欠陥エネルギーが大きいNiワークでは刃先より内部に射出された転位がワーク内に多数とどまるため,多数の転位がキンクを形成しワークが湾曲し,刃に接触するように内側に変形して切断抵抗が上昇することなどを明らかにしている.さらに,Ni/Cuの組み合わせで刃先前方の円状領域を異なる原子に置換したMMC(Metal Matrix Composite)の切断シミュレーションも行った.
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今後の研究の推進方策 |
今年度の成果は日本機械学会論文集に掲載され公表することができた.一方で,査読者からは萌芽的研究の性質を理解しつつ,従来のインデンテーションや2次元切削シミュレーションとの違いが分かりにくいとの指摘も受けた.2次元切削シミュレーションでは従来の切削理論に原子レベルからアプローチするもので,すくい角や切りくず形成のメカニズム解明に重きを置いている.本テーマで掲げたナノメートルの切断は「両断」であり母材から切りくずを切り取る切削とは異なるが,切削理論を上下対称に拡張すれば適用可能かもしれないので今後検討していく予定である.これまでの検討で,平面ひずみ条件的な切断では刃先からすぐに塑性変形を生じること,切断面の形状は刃のステップに起因した膜の形成やワークの沈み込み,サブグレインの形成などによることを明らかにしてきた.結晶性材料ではワークと刃の結晶方位がこれらの要因に大きな影響を与えているので,刃とワークをそれぞれアモルファスとした検討を実施する予定である.2次元状の系での検討なので,厳密なアモルファス構造ではないが,アモルファス構造で転位射出がないワークの切断で,これまでの結晶性材料の切断との違いが明確になるものと考える.対象の仮想アモルファスはこれまで用いてきた原子種(Al, Ni, Cu, Mg, Si)とし,これまで結晶性材料の結果を同じ原子ポテンシャルで比較する.さらに,上位スケールの検討としてPeridynamicsシミュレーションを取り入れる.Peridynamicsは粒子法の考えを取り入れた構成式を用いるシミュレーションで,破壊や衝突シミュレーションでの有用性が示されている.今年度の計算力学講演会でPeridynamicsのOSに参加し,Peridynamicsを使用している研究者との情報交換を行って準備を進めている.
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