研究課題/領域番号 |
18K18954
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
波多 聡 九州大学, 総合理工学研究院, 教授 (60264107)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2021-03-31
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キーワード | 合金 / 規則ー不規則変態 / 短範囲規則 / 濃度ゆらぎ / 電子顕微鏡 / アトムプローブ / Ni-Mo合金 / Ni-Mo-Cr合金 |
研究実績の概要 |
合金や各種結晶化合物における短範囲規則 (Short-Range Order:SRO)状態の定義として知られる「個々の規則領域(ドメイン)のサイズが規則格子の単位胞以上 (Long-Range Order: LRO状態)または単位胞サイズ未満(SRO)で区別する」という記述を再考し、局所的に形成される規則構造とその逆位相ドメイン境界の構造から、SRO状態およびSRO-LRO転移で生ずる構造揺らぎへの理解を深め、規則-不規則転移温度の意味をミクロな構造揺らぎと関連づけようとしている。今年度の研究実績の概要は以下の通り。 (1)Ni4Mo合金の環状暗視野走査透過電子顕微鏡観察を行い、高分解能透過電子顕微鏡(HRTEM)位相コントラストと同様の原子分解能像コントラストが観察された。 (2)インド・バーバー原子力研究所 (BARC)材料科学部門と共同で、Special Quasi-random Structureと呼ばれる手法を用いてNi-Mo合金のSRO構造のモデリングを開始した。 (3)上記BARCグループから提供を受けたNi-Mo-Cr合金のHRTEM観察を行った。Ni-Mo合金に比べてSRO散漫散乱強度が微弱であり、原子分解能観察が困難であることが認識された。 (4)上記グループ、および過去に阪大山本雅彦教授らが、Ni-MoまたはNi-Mo-Cr合金のアトムプローブ実験からSRO状態におけるナノスケールの濃度不均一を報告している。本研究ではその可視化に取り組んだ。Ni4Mo合金においてNi/Mo濃度比の不均一は現状では認められなかったが、観察中に電子線照射に伴う構造変化が起こり、5 nm以下のNi濃化領域が形成された。これは、薄膜表面現象と考えられ、アトムプローブ実験の針状試料においても同様の現象が起こり、濃度不均一として測定された可能性が考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
実験的研究の進捗は、当初予定していたSRO状態の局所構造ゆらぎの解明に至る前の段階にあり、遅れている。その理由として、共同研究者であるインドBARCグループの一部のメンバーが主張する、高温焼き入れ試料におけるナノスケール濃度ゆらぎの存在とそれに起因したSRO構造モデルの真偽が解明されておらず、以下に述べるようなSRO構造の解釈に関する議論に終止符が打てないためである。 Ni-MoおよびNi-Mo-Cr合金のSRO状態において、(Cr,Mo)濃度が平均組成では50%に満たなくても、固溶体焼き入れ試料では(Cr,Mo)50%に達する5 nm以下の微小領域があるとするアトムプローブ実験の結果は、N2M2型規則構造(L10型長周期逆位相構造(逆位相周期はL10単位胞1個分)の形成を示唆しているという解釈である。一方、研究代表者らの電子顕微鏡観察とモンテカルロシミュレーションによるSRO構造の解釈では、N2M2規則構造は存在せず、3次元のSRO原子配列を投影したときにあたかもN2M2構造が生成しているかのような投影構造(濃度波)が現れるというもので、前述のアトムプローブによる解釈と一致しない。 この真偽を明らかにするためには、分析電子顕微鏡法などを用いて、上記の濃度ゆらぎの有無を明らかにする必要がある。重要な点として、10 nm程度の極薄試料を作製する必要があるが、合金試料をダメージ無しで10 nm以下に薄膜化することは容易でない。さらに、電子線照射の影響を避けて組成分析を行わなければならないが、Niが活性な貴金属に近い元素であるためか、電子線照射に伴う恐らく試料表面でのナノサイズの濃化領域形成が顕著であり、合金本来のSRO状態を元素分析・原子分解能観察することが困難であることがわかった。
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今後の研究の推進方策 |
上記のナノスケール濃度ゆらぎの問題と、電子顕微鏡観察で確認されたNi濃化現象、言い換えると(Mo,Cr)も同時に濃化すると判断される現象は、SRO構造分析・観察を困難にする課題であると同時に、電流を流して試料表面の原子を移動・蒸発させるアトムプローブ実験結果とのSRO構造解釈の不一致を説明する一つの可能性ともとれる結果である。今後は、この電子線照射および電流に伴う合金試料のナノスケール濃度ゆらぎの形成について、表面エネルギーなどの観点から物理的な解釈を試み、アトムプローブ実験と電子顕微鏡観察で見られた現象の理解に取り組む。同時に、薄膜化にダメージのない極薄試料の作製に引き続き取り組み、かつ、電子線損傷の少ない観察条件の下でナノスケール組成ゆらぎの有無の解明を目指す。 また、別のアプローチとして、SRO状態を種々の方向から観察し、N2M2規則構造か、あるいは投影したときのみあたかもN2M2構造のように見える濃度波か、の違いがわかる観察方位がないかを、モデル計算と電子顕微鏡観察の両面から検討する。 さらに、インドBARCグループと共同で行っている第一原理ベースのSRO構造モデルの構築を発展させ、電子顕微鏡像やアトムプローブ実験結果を模擬し、SRO構造の局所構造ゆらぎに関する知見を獲得し、SRO構造の再定義と言える、より明確なSRO構造の記述方法の提示を目指す。
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