合金の短範囲規則(Short-Range Order: SRO)構造には、回折実験を基本とする平均構造と高分解能電子顕微鏡観察を基本とする局所構造の解釈に隔たりが生じやすい。本研究は、最近の高分解能電子顕微鏡技術を用いて、SRO状態の局所的な原子配列の可視化に挑戦し、その結果を基にSRO状態を改めて定義し、統一的な理解に近づくことを目的とした。SRO状態と長範囲規則(Long-Range Order)状態で規則構造や散漫散乱極大・規則格子反射位置が異なるFCC系Ni4Mo合金を研究対象とし、不規則固溶域からの急冷試料を高角度環状暗視野走査透過電子顕微鏡で観察した。D1a(Ni4Mo)型、D022(Ni3Mo)型、Pt2Mo(Ni2Mo)型の安定・準安定規則相の単位胞よりも小さな副単位胞が、第3近接原子対を共有しつつ連結していた。それら異種副単位胞の連結・成長は特定の方向(<210>および[001])に発達する傾向があり、この異方的な成長領域が二次元投影されるとN2M2(L10型長周期規則構造(周期M=1))構造に類似の像コントラストやSRO散漫散乱強度極大を生じると解釈された。この構造の特徴として、(001)面内では単位胞より大きい規則格子を有する領域は少なく、”SRO的”もしくはU.D.Kulkarniが提案した準周期的と言えるが、[001]方向には直線的にMo原子が連なり、その長さは単位胞サイズを超えており明らかに"LRO的”である。つまり、Ni4Mo合金のSRO構造は、LROの構造要素と、複数種副単位胞の準周期配置の構造要素が三次元的に組み合わされたドメイン構造と定義された。このうち、複数種副単位胞の準周期配置の方はある程度までしか成長できず、LRO構造の副単位胞だけがLROドメインへと選択成長していく。これがSRO-LRO転移と解釈された。
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