本研究は材料の破壊過程をオペランド(実動下)解析可能な手法の確立を目的とする。独自開発の表面増強顕微ラマン分光系や11×11の多共焦点顕微ラマン分光機を基に、破壊初期における機械的歪みの発生・伝搬から化学結合の歪み・切断・伝搬に至る過程をナノレベルからマルチスケールで同時観察・解析可能なシステムを開発し、未知の部分が多かった材料破壊過程の機械的特性と化学構造変化の相関を原子分子レベルから解析することで、そのトータルなメカニズムの解明に挑戦する。まずラマン分光機に装着する新規な引っ張り試験機を開発し、引っ張り時および切断時の化学構造の変化を測定および解析した。またAgナノ粒子をコートした円筒面プラズモンセンサを開発し、表面増強ラマンスペクトルによる表面近傍の化学構造変化を観察した。測定試料は種々のフィルム材料を用い、切断するまでの過程および切断の瞬間のスペクトル変化の観察に成功した。ポリオレフィンフィルムでは波数1200cm-1のピーク強度が切断直前に増加する現象が観察された。またポリエチレンフィルムでは結晶性CH2と非晶質CH2の各ベンディングモードのピーク強度比が、引っ張り応力の増加により大きくなり結晶性が進むことがわかった。これは弾性変形内であっても、応力緩和後に構造が元に戻らない非可逆性があることを意味する。またイソプレンゴムのC=C結合ピークは引っ張り時の初期に大きく増加し、引っ張り応力の増加に伴い減少するが、その後応力を緩和しても元には戻らないということがわかった。カーボン添加粒子は引っ張りと緩和の間にわずかにヒステリシスを示すが大きな変化はなかった。これは引っ張りに対し最表面の分子構造破壊が内部と比べて大きく、一方ゴム材と添加粒子の界面は応力の影響が少ないためである。以上の結果から、バルクと表面で引っ張り時の化学構造変化が大きく異なるという新しい知見が得られた。
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