無機酸化物セラミクスの強誘電体は圧電材料として産業界で広く用いられている.しかし,高性能材料の多くが有毒な鉛や希少元素を含むため,その代替材料が強く求められている.近年,無毒で豊富な元素からなる分子結晶の強誘電体が大いに注目されているが,圧電材料としての研究展開はほぼ未開拓である.その主な原因は,分子性結晶が一般に,対称性の低い結晶構造を持つことにある.低対称な分子性強誘電体の多結晶材料中では,各結晶粒子の分極はバラバラに向き,圧電効果は打ち消し合うため,材料全体としては圧電性を示さない.我々は最近,柔粘性/強誘電性イオン結晶という新しいタイプの強誘電体を開発することで,分子結晶として初めて「電場印加による結晶分極の三次元的再配向」に成功した.このタイプの結晶は,結晶構造の対称性が高く,多結晶圧電材料での活用が期待できる. 本研究では,この柔粘性/強誘電性イオン結晶に着目して,分子性圧電材料開発を行う.更に,圧電体としての性能と,結晶構造・分子構造との相関を明らかにすることで,より高性能な材料開発の設計指針を確立することを目的とした. いつかの柔粘性/強誘電性イオン結晶を開発し,その粉末試料を高温で加圧成形することで,バルク多結晶体を作製した.圧電テスターを用いて多結晶体のd33値を求めたところ,80~110 pC/N程度の分子結晶としては非常に大きい値を示すことを見出した.また,これらの結晶では,その強誘電性分極の起源がカチオンとアニオンの配置のズレによるもの,極性分子の双極子モーメントによるもの,いずれにおいても大きな圧電性が観測されている.このことは,柔粘性/強誘電性イオン結晶で見られる大きな圧電性が,結晶格子の加圧変形のしやすさに起因していることを示唆している.
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