申請書に記載した計画に沿って、数分間の紫外光受光後に光から受け取ったエネルギーの一部を蓄えること(ここでは、「光ストレージ」と呼ぶ)ができる新物質の開発を行った。最終年度に検討したbeta-MV[Au(dmit)2]2と名付けた新物質は、5550時間(およそ8か月)たっても光励起の影響をとどめていることが、単結晶X線構造解析から分かった。具体的には、最初紫外光を当てた同一の試料に対して、光励起後(数分間の紫外光照射をやめた後)数時間から数十時間ごとに単結晶X線構造解析を繰り返した。更にこうして得られた構造を元に理論計算(第一原理計算)を行い、エネルギーを求めた。その結果から、光照射後の状態は光照射前より確かにエネルギーが上がっており、紫外光を当てた物質内部に光のエネルギーの一部が室温空気中で半年間以上にわたって蓄えられていることが示された。この研究を始める前(当該研究費の申請)の時点では、蓄えられる期間は2週間で、照射後すぐに冷凍庫(-20℃以下)に保存しなければならかった。従って本研究成果により大幅に光ストレージの性能は向上し、本研究の目的は達成されたと言える。しかし本研究成果の意義は、単にエネルギーの高効率利用や変換、貯蔵に関係した新しい技術を実用化に向けて一歩前進したことに留まらない。こうした光ストレージ物質が見つかるまで、光励起とそれに続く緩和過程は余りに速く、超短パルスレーザーを使った超高速時間分解ぐらいしか、実験的に観測する手段はなかった。しかしこうした物質が登場したことで、通常の各種物性測定装置や構造解析手段を用いて、詳細で信頼性の高い直接観測が可能になり、それに基づく理論研究も含めて、光と物質の相互作用に関する基礎的、学術的理解が飛躍的に進む準備が整ったという意義を持つ。
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