研究の最終年である令和2年度は,昨年度までに開発を行った計算システムを用いて,具体的な実験系である人工原子を対象として,量子ダイナミクスに基づく以下の二つの主要な光物性の探求を行った. 人工原子はその巨大な振動子強度によって,通常の原子分子と比較して非常に強く光と相互作用することができる.この人工原子の巨大な振動子強度の発現機構と電子の集団運動との関係を明らかにすることを目的として,複数のクーロン正孔を含む擬2次元人工原子に着目し,振動子強度分布と正孔の空間配座・閉じ込め強度との関係を調べた.ポテンシャル中心に正孔1個のみを持つ2電子系(ヘリウム様人工原子)においては,閉じ込め強度の増加とともに,振動子強度が電子の重心励起に対応するプラズモンモードに集中することが見出された.また二つの等価な正孔を持つ2電子系(水素分子様人工原子)においては,「分子軸」に対して平行遷移と垂直遷移とで振動子強度の振る舞いに大きな差が生じることが示された. また,量子情報・スピントロニクス分野への応用展開を目的として,人工原子の電子波動関数の情報を電流として取り出すために,外部電極と接続した人工原子モデルを考案し,ゲート電位の変化に対する過渡電流の生成を調べた.その結果,人工原子内部の電子状態がゲート領域のバーチャル状態と共鳴すると,ラビ振動を伴う高強度の電流が発生することが見出された.そしてこのラビ振動の周期とポテンシャル障壁との関係を解析的に導出した.さらに,この共鳴トンネリングが起こるゲート電圧は人工原子内部の電子のスピン状態によって異なるため,適切なゲート電圧を印加することによって,特定のスピン状態を持つ電流を優先的に抽出できることが見出された.すなわち,本研究で提案した簡単なナノ構造を用いることによって,スピン分極をした電流を生成できる可能性が示された.
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