研究課題/領域番号 |
18K19076
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
中村 正治 京都大学, 化学研究所, 教授 (00282723)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2020-03-31
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キーワード | 木質分子変換 / 鉄触媒 / 有機酸触媒 / 脱リグニン / 高純度セルロース / 木質バイオマス |
研究実績の概要 |
本研究では,再生可能炭素資源である樹木由来の木質バイオマスを,直接有用化合物に変換する分子触媒技術を開発し,未踏の「森林化学産業」の基盤となる次世代有機合成化学を開拓する。日本固有でかつその有効利用法の開発が焦眉の急を要しているスギ材・原木を原料木質バイオマスとした木質分子変換反応を開発する。 現行の有機合成化学では,石油化学工業によって化石資源から得られる小分子を出発原料とし,農薬や医薬品,電子材料など我々の生活に欠くことが出来ない機能性分子を合成している。社会の持続的な発展のために,新たな化学資源を基盤とする次世代物質エネルギー基盤の構築が吃緊の課題となっている。本研究では,この様な社会的な問題の解決に資する新たな有機合成を開拓する。 具体的には,分子構造を高度に設計・制御した有機および錯体触媒群を組み合わせた「木質分子変換触媒クラスター」を新たに開発し,スギ材・原木を穏和な条件下で制御分解し,さらには直接有用化合物の合成を行う分子変換反応を開発する。H30年度は,鉄アミド錯体Fe[N(SO2CF3)2]2を触媒として用いた,過酸化水素水によるユーカリ及びスギ木粉からの脱リグニン反応の開発と,イミダゾリウムカチオンを有する有機スルホン酸触媒を用いた,過酸化水素によるユーカリおよびスギ木粉の脱リグニン反応の開発を行った。それぞれ,室温から60℃程度という穏和な条件のもとで,純度の高いセルロースを高収率で得る事ができた。特に,有機スルホン酸触媒系で得られるセルロースは糖分析の結果,90%以上のセルロース(グルコース)純度である事が判り,DP90と称される高品位溶解パルプ市販品に匹敵する生成物が,単段階で得られる事が明らかとなった。新規の触媒的酸化的反応処理系の有用性を示す成果が得られた。上記の成果は,京都大学と(株)ダイセルを出願人として,特許申請を行っている所である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
分子構造を高度に設計・制御した有機および錯体触媒群を組み合わせた「木質分子変換触媒クラスター」を新たに開発し,スギ材・原木を穏和な条件下で制御分解し,さらには直接有用化合物の合成を行う分子変換反応を開発する。H30年度は,鉄アミド錯体Fe[N(SO2CF3)2]2を触媒として用いた,過酸化水素水によるユーカリ及びスギ木粉からの脱リグニン反応の開発と,イミダゾリウムカチオンを有する有機スルホン酸触媒を用いた,過酸化水素によるユーカリおよびスギ木粉の脱リグニン反応の開発を行った。それぞれ,室温から60℃程度という穏和な条件のもとで,純度の高いセルロースを高収率で得る事ができた。特に,有機スルホン酸触媒系で得られるセルロースは糖分析の結果,90%以上のセルロース(グルコース)純度である事が判り,DP90と称される高品位溶解パルプ市販品に匹敵する生成物が,単段階で得られる事が明らかとなった。新規の触媒的酸化的反応処理系の有用性を示す成果が得られたことから,概ね順調に触媒開発が進んでいると判断した。一方で,これらの要素触媒を組み合わせて,木質分子変換を行う試みは,H31年度の中核的な研究課題となる。研究計画作成時点では,イオン液体様構造を有するイミダゾリウム結合有機スルホン酸化合物は,木質組織構造中,セルロース部位に選択的に吸着され,その分解を促進するものと設計したが,過酸化水素水存在下ではセルロース分解より,リグニン・ヘミセルロースの酸化および加水分解が優先的に進む事が明らかとなった。これらの分解生成物の構造決定は今後の課題となるが,鉄塩と有機スルホン酸を合わせる事で,リグニン部位の酸化分解にさらなる高活性をしめす「木質分子変換触媒クラスター」を設計,創出する上での重要な知見が得られたものと結論している。
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今後の研究の推進方策 |
木粉中の木質分子集合体のマクロ繊維構造体を維持する鍵化合物であるリグニンの効率的な酸化分解反応を見出だした。鉄アミド触媒は,酢酸エチル溶媒中で優れた触媒活性を示し,リグニン部分の小分子化とセルロース残渣の回収を可能とする。本反応では,酸化触媒活性が高い為,リグニン由来の有機化合物の回収が出来ていない点,セルロース残渣の純度が低い点などが課題として残る。前者については,ビススルホンアミドアニオンに変わって有機スルホン酸イオンなど鉄中心の電子不足性を緩和した触媒を用いる事で,反応性の制御が可能であると考えている。分解度を下げた状態で,リグニン由来生成物の同定を行うことを計画している。セルロース残渣の純度が低い点については,恐らく溶媒として用いている酢酸エチルがアシル化剤として働き,セルロース残渣の部分的なアセチル化が進行した可能性を考えている。エステルをアシル化剤とするアシル化セルロースの合成法は知られておらず,官能基化セルロースの木質バイオマスからの直接合成手法として興味が持たれる。セルロース残渣の成分および構造解析を進めると同時に,多様なエステル類を用いいたアシル化反応の可能性を模索する。これに体して,イオン液体様イミダゾリウム塩部位を有する有機スルホン酸は,水溶媒中で過酸化水素による脱リグニンを促進し,高純度なセルロースを与える。リグニンおよびヘミセルロース分解物の構造については,予備的な検討からヘミセルロースの加水分解とリグニンの部分酸化分解により中分子量(~数千Da)の化合物が得られていると現在考えている。こちらの反応についても金属(鉄など)を加え触媒クラスター化することで,エステル系溶媒を用いる直接アシル化の可能性を検討していく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
H30年度中に開発した要素触媒群をもちいた触媒クラスターの創出研究を,第二年度に集中的に行う事となったため,次年度使用額が生じた。使用用途は,当初研究計画記載と同様で,必要な物品費と旅費に充てる。
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