研究課題/領域番号 |
18K19091
|
研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
藤浪 眞紀 千葉大学, 大学院工学研究院, 教授 (50311436)
|
研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2020-03-31
|
キーワード | 生体膜 / 膜張力 / 人工脂質二分子膜 / 膜流動 / コレステロール / 光圧 |
研究実績の概要 |
本研究では,非侵襲で界面張力測定が可能なレーザー誘起界面変形分光法(Laser Induced Surface Deformation Spectroscopy:LISD)と,膜中の流動性の評価が可能な光褪色後蛍光回復法(Fluorescence Recovery After Photobleaching:FRAP)を用いて,生体膜モデルの一つである自立型脂質二分子膜(黒膜)の膜張力と流動性の計測を行った。 LISDに関しては,測定のための光学系の構築,人工脂質二分子膜の形成法の確立,測定条件の最適化など計測法の基盤構築を実施した。FRAPについてもLISDと共存可能な光学系の開発を実施した。また,LISDにおいて信号強度の変調周波数依存性からの共鳴周波数の決定,FRAPにおいて蛍光信号強度の時間変化からの時定数の決定のためのプログラム開発を行った。 脂質二分子膜におけるコレステロール種類,濃度による膜張力と膜内拡散係数の相関,もしくは両側の水相の浸透圧による膜張力依存性を求めることとした。コレステロールは細胞膜において膜を硬化し安定化させるほか,膜内外の情報伝達の場である脂質ラフトと呼ばれる膜ドメインの形成をする役割を持つことが知られている。一方,菌や酵母に含まれているエルゴステロールやコレステロールの前駆体であるラノステロールは,コレステロールと類似した構造を持つものの,細胞膜における生物学的機能はドメイン形成条件などの点で異なるといわれていることから,膜張力・流動性など膜構造を反映する物性値はステロールが膜に及ぼす影響・役割を議論する上で重要になっている。膜変形やプローブの接触を伴う測定法では膜の内部構造にも影響を及ぼすが,人工脂質二分子膜のLISD測定ならば非接触でより自然な状態での評価が可能となる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
LISDおよびFRAPに関して,光学系の構築,再現性のある結果を得るための最適条件の選定,人工脂質二分子膜の作成法,各データの解析プログラムの開発した。これは予定よりも半年上回り達成したものである。 応用研究としてDOPCに三種類のステロールを添加した膜の測定を行った。コレステロール添加により膜張力が大きくなり,流動性は低下した。これは,ステロールに共通した脂質の凝集効果を示したものであり,ステロールが膜を硬化させ,安定化させる役割を持つことを示している。さらに,ステロール種によっても物性値に差異がみられ,エルゴステロールは添加量に対する膜張力と流動性の変化が最も大きく,ラノステロールは添加量に対する膜張力と流動性の変化が最も小さかった。この結果は,リン脂質炭化水素鎖とステロールとの相互作用の程度の差によるものであると考察した。エルゴステロールは分子構造的に炭化水素鎖との相互作用が大きくなり,リン脂質をより秩序化させることによって,膜を硬化させ,膜内の分子運動を制限する。一方,ラノステロールは分子構造的に嵩だかいことから,炭化水素鎖との相互作用が小さくなり,秩序化効果も小さくなる。これによりコレステロールやエルゴステロールと比較して脂質二分子膜に与える影響は小さいと考察された。 コレステロールの膜張力と流動性は,0-18 mol%では緩やかに変化し,18 mol%以降では急激に変化した。この18 mol%前後での変化は,コレステロールの膜内濃度によって脂質分子と相互作用するコレステロールの官能基が変化すると考えられる。エルゴステロールの10 mol%までの大きな膜張力の上昇と流動性の低下は,膜表面側に存在するエルゴステロールが10 mol%までで効率的に脂質二分子膜中の炭化水素鎖との相互作用することを示唆している。 以上の新知見をえることができた。
|
今後の研究の推進方策 |
平成30年度に測定法の開発がかなり進捗したことから予定通りに応用研究へ展開する。 光圧による膜変形により膜張力を変化させ,誘起される相転移や流動性など膜物性の変化を研究する予定である。二次元構造である膜内の相分離の張力依存性や生体膜の膜内孔誘起の膜張力閾値を求める。膜張力の印加は膜内に孔(穴)の形成を誘起するが,それは細胞融合や分裂などの膜と膜との間の構造転移に不可欠な現象である。したがって,その実証は膜ダイナミクス解明に大いに資するものとなる。 また,生体膜である脂質二分子膜は,両側の水相の液性に非常に敏感であり,その金属イオンの取り込みなど膜張力や流動性に関与する。これらの定量的な評価を行う。
|
次年度使用額が生じた理由 |
測定装置の開発が当初の予定より順調に進行し,購入装置も既存のものを改良して使用するといった工夫をしたことで,かなり節約して研究を推進できた。一方で,各部品において,さらに高性能な検出器,反射ミラー等を購入し,測定データの高精度化を目指していく予定である。 一方,その期間分,応用研究への展開が可能となってきており,そのための試薬購入等に使用していく予定である。
|