生体膜の膜張力は,膜の変形や接触を伴う手法で多くの場合測定されてきたが,こうした手法は膜の性質自体を変えてしまう可能性も高いことから,接触や変形を伴わない非侵襲型測定による評価が必要とされる。本研究では,生体膜モデルの一つである自立型脂質二分子膜(黒膜)について,非侵襲で界面張力測定が可能なレーザー誘起界面変形分光法(Laser Induced Surface Deformation Spectroscopy:LISD)を膜張力測定に応用するとともに,膜中の分子の流動性の評価が可能な光褪色後蛍光回復法(Fluorescence Recovery After Photobleaching:FRAP)を適用することで,黒膜の組成や周囲の溶質が膜張力・流動性に及ぼす影響についての評価を行ってきた。 アニオンは生体膜の物性や分子透過性に影響を与える因子の一つであり,疎水性の違いが異なる挙動をもたらすことが知られている。そこで本研究ではアニオン種が黒膜の膜張力,流動性にどのような影響を及ぼすかについての評価を行った。 ここで、ホフマイスター系列として知られる親水性・疎水性アニオンを水相に共存させた黒膜についてLISD測定を行ったところ,疎水性アニオンになるほど膜張力が上昇する結果が得られた。同様にしてFRAP測定を行ったところ,疎水性アニオンになるほど拡散係数は減少した。この結果はアニオン種の黒膜表面への吸着状態の違いを反映していると考えられる。疎水性アニオンでは周囲に水和水が少ないために膜に吸着しやすい。このためアニオンと脂質分子との相互作用が大きくなって膜内分子の運動を抑制するため膜張力が増大し,流動性が減少したと考えられる。以上の結果は,脂質二分子膜内部の分子運動や相互作用の評価にLISD法とFRAP法によるアプローチが有効であることを示す結果としても重要である。
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