研究実績の概要 |
本研究では,細胞内の全開始メチオニンtRNAをメチオニン以外のアミノ酸をチャージさせるように改変し,全てのタンパク質がメチオニン以外のアミノ酸から始まるような細胞を作成する.そして,その細胞の翻訳効率,プロテオーム,表現型を観察することでタンパク質合成における開始メチオニンの役割を理解することを目的としている.申請者は大腸菌ゲノム中の全ての開始tRNA遺伝子を欠損し,プラスミドによってそれを相補することによって生育可能となるような細胞を作成した.このプラスミドを開始tRNAに変異を入れたプラスミドと置き換えることで,その変異開始tRNAが細胞の生育を可能にするものかどうか判別することができる.初年度では,開始tRNAのアンチコドン部位の塩基を改変し,生育可能な変異開始tRNAの探索を中心に研究を進めた.まず,アンチコドンを1塩基ずつ元の開始tRNAと異なる塩基に改変していったところ,全ての場合について生育可能な変異tRNAは得ることはできなかった.次に,アンチコドンを中心に3,5,7塩基についてランダマイズを行った.その結果,計9種類の変異開始tRNAの配列をもつ開始tRNA変異細胞を単離することができ,その中の7種類についてはアンチコドンとその周囲に複合的に変異が入っていた.また,興味深いことに,そのうち6種類の細胞では異なる2種類のプラスミドが共存している状態を維持するものであり,それらについては翻訳開始においてお互いに機能を補っている可能性が示唆された.現在はこれら変異開始tRNAが受容しているアミノ酸の解析と細胞内タンパク質のN末アミノ酸の解析を進めている.また,並行して,開始tRNAのアンチコドンに本来備わっていない修飾塩基を導入した細胞を作成し,リボソームプロファイリング,プロテオーム解析を行ったところ,非AUG開始コドンにおいて翻訳開始の低下が観察された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究では,細胞の全開始tRNAを変異型にするために,元の野生型開始tRNAをコードしたプラスミドを変異開始tRNAをコードしたものに置き換えるといったカウンターセレクション法を用いている.しかし,対象が開始tRNAといったタンパク質合成に重要な因子であるためか,継代しているうちに生育不可能になってしまうことが多く,変異細胞株の維持が不安定であることが考えられた.当初の対策として,カウンターセレクション法に用いる抗生物質の濃度や開始tRNAをコードするプラスミドのコピー数などを検証してみたが,改善がみられず変異細胞株の単離作業が困窮していた.そこで,宿主内でプラスミドが置き換わる際に細胞が不安定になると考え,元の野生型開始tRNAプラスミドと変異型プラスミドを共存させる時間を長くとってみたところ,カウンターセレクションの成功率を上げることができ,現在は得られた変異細胞株を安定的に維持することができるようになっている.また,次年度の予定として挙げていたリボソームプロファイリングについて予備実験として修飾塩基をアンチコドンに導入した変異開始tRNA細胞を用いて行っていたが,最近,翻訳開始状態をモニターするためにはリード長が長いmRNAフットプリントを解析することが一般的な解析法と確立されたため,再解析なども行っている.以上の理由により、申請時の予定よりもやや遅れていると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の予定としては,得られた変異開始tRNAについて受容しているアミノ酸の解析やその受容効率の測定を行う.その結果次第では,アミノ酸受容能を向上させるような変異を検討し,さらなる開始tRNAの改変を行う.また,並行して、獲得できている開始tRNA変異細胞について、栄養飢餓や酸化ストレスなど生育環境ストレスに対する感受性を観察し,その表現型の探索を行っていく.影響が顕著に見られた場合は順次,その条件下で細胞内のプロテオーム解析やリボソームプロファイリングを行い,遺伝子発現パターン,特にそれぞれの遺伝子の翻訳開始段階に注目し,どのような影響が表れているかを追究していく予定である.
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