研究課題
本研究では、ムギ類の遠縁交雑による半数体作出法と受精卵を用いたゲノム編集技術を組み合わせることで斬新なムギ類ゲノム編集技術の確立を目的としている。本年度は、主に下記の3項目について研究を実施した。1) コムギin vitro受精(IVF)系の確立:成熟したコムギ子房の中央部付近をマンニトール溶液中で切断し、切断下部子房から卵細胞を得た。また、黄色もしくは黄緑色を呈した発達段階の葯をマンニトール溶液中破壊させることで、花粉から放出されてくる精細胞をガラスキャピラリーにて回収した。これら雌雄配偶子を融合ドロップ中に移し、電気融合法により融合させた。この際の融合条件・方法は、イネIVF系のそれらを基本的に用いたが、直流パルスの回数や融合後の受精卵の処理方法などを改変することで、コムギ配偶子の電気融合による受精卵の作出および培養が達成できた。さらに、この受精卵を増殖・発生および再分化させることで稔性をもつコムギ植物体が得られた。2) IVF系を用いたムギ類半数体植物の作出: コムギの子房から卵細胞を、トウモロコシの花粉から精細胞をそれぞれ単離し、それらの雌雄配偶子を上記1)の手法を用いて融合させることにより、コムギ-トウモロコシ交雑受精卵を5個体作出した。その後、それら交雑受精卵を培養・再分化させることで植物体(4ライン)を得た。さらに、それら植物体の倍数性をフローサイトメトリーで調べたところ、半数体であると推定された。3) 交雑受精卵のCas9-gRNA RNP処理によるゲノム編集半数体の作出:コムギ-トウモロコシ交雑受精卵のCas9-gRNA RNP処理によるゲノム編集に向けて、イネ受精卵を用いてCas9-gRNA RNP処理によるゲノム編集法の確立を試みたところ、当該処理を施した受精卵から再生したイネ植物体の4~64%でゲノム編集が生じていることが示された。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、単離したムギ類の卵細胞とトウモロコシの精細胞をin vitro受精 (IVF) により融合させたのち、その交雑受精卵にCas9タンパク質とガイドRNA (gRNA) の複合体 (Cas9-gRNA RNP) を導入し、さらにそれら受精卵を増殖・発生させる。これにより、ムギ-トウモロコシ交雑受精卵の発生過程においてトウモロコシゲノムの脱落とゲノム編集を引き起こし、ムギ類卵細胞からゲノム編集半数体植物を直接作出する。1) コムギIVF系の確立:これまでにトウモロコシおよびイネにおいてIVF系は確立されているが、コムギでは確立されていなかった。本年度、コムギのIVF系を確立できたことで、下記の項目2)および3)の解析を行うための基盤ができた。2) IVF系を用いたムギ類半数体植物の作出:コムギ卵細胞とトウモロコシ精細胞の交雑受精卵から、植物体の再分化まで進められたことは本年度期待していた以上の成果であった。また、再分化植物が半数体と推定されたことで、当初の計画どおりに進展している。3) 交雑受精卵のCas9-gRNA RNP処理によるゲノム編集半数体の作出:イネ受精卵を用いたCas9-gRNA RNP処理によるゲノム編集が確立できたことから、コムギ-トウモロコシ交雑受精卵での実用化も大いに期待できる状況にある。
1.コムギ-トウモロコシ交雑受精卵由来の植物体におけるゲノム組成:上記の進捗状況の項目2)において、コムギ-トウモロコシ交雑受精卵から半数体と推定されるコムギ植物体が得られたが、この植物にはトウモロコシゲノム(染色体)の一部が残存している可能性がある。当該植物体のゲノムDNAおよびトウモロコシ動原体リピートに対するプライマーを用いたPCRを行い、上記の可能性を検証する。また、当該植物のゲノムリシークエンスも試みる。2.トウモロコシ動原体可視化の試み:RGEN-ISL法を用いてトウモロコシ動原体可視化を試みる。この項目では、まず、トウモロコシ動原体リピート配列に対する蛍光標識gRNAとdCas9タンパク質の複合体をトウモロコシ葉由来の核に作用させて、トウモロコシゲノム動原体の可視化の可否を判断する。当該系が確立された際は、コムギ-トウモロコシ受精卵および初期胚を用いてトウモロコシ動原体の可視化を行い、受精卵発生過程のどの段階でトウモロコシゲノムの脱落が生じるか明らかにする。3. コムギ受精卵への物質導入系の確立:PEG-Ca2+法を用いた物質導入系をイネ受精卵の系を参考に確立する。4. 交雑受精卵のCas9-gRNA RNP処理によるゲノム編集半数体の作出:コムギAP2遺伝子およびDL遺伝子の標的遺伝子ガイドRNAとCas9タンパク質の複合体(Cas9-gRNA RNP)を形成させたのち、コムギ-トウモロコシ交雑受精卵内にPEG-Ca2+法を用いて導入し、その受精卵から植物体を再分化させ、編集ゲノム部位の特定、表現型、倍数性の評価などを行う。さらに、半数体植物のコルヒチン処理により倍加半数体(二倍体)を作出し、自殖種子を得る。さらに、自殖次代植物において、それらの形質評価および編集遺伝子の伝達の確認などを行う。
本年度は、交付決定から植物材料の準備等を経て、実際の実験を開始できたのが年度後半になってからであった。このため、ムギ類におけるRNP-CRIPRゲノム編集法の条件検討や、コムギ卵細胞とトウモロコシ精細胞の交雑受精卵への当該手法の適用などは、次年度の研究計画と合わせて進めることとした。
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