研究課題
乳牛の受胎・分娩は乳生産の基本的な生物現象であり、100%子宮内への凍結精液による人工授精(AI)でおこなわれる。凍結精液技術は,融解後の精子正常性のみ着眼されてきたが、融解した精子+凍結液が子宮に及ぼす影響は全く考慮されてこなかった。本研究は凍結精液の子宮内免疫応答を模倣した新規バイオアッセイを活用し、受胎率向上に向けて炎症を緩和する低刺激性の人工授精溶液の開発基盤を示すことを目的として、1)子宮上皮細胞の精子認識機構の解明とその抑制、2)精液希釈液の再評価とX/Y分離精子への応用、の段階的な実証を行う。平成30年度の研究実績の要点を列記すると、1) ウシ子宮上皮細胞(BOEC)培養系において、人工授精用の凍結精液から得た精子の誘導する急性の炎症反応の分子メカニズムを探った。特に、BOECの精子センシングには、グラム陰性および陽性菌の内毒素を認識して炎症を誘導するTLR2/4が大きく関わっていることを実験的に初めて示した。2) ウシ子宮小片の器官培養系を確立して、ビデオ観察を含む視覚的証拠を収集した。その結果、精子は子宮上皮の平面には付着せず、子宮内に均質に0.2-0.3 mm間隔で存在する子宮腺に侵入して、腺内の上皮のTNFAタンパク発現と同時に組織全体の炎症性の遺伝子発現群を誘導することを発見した。これは実際にウシの人工授精直後に子宮内で起こる炎症反応の最初のスイッチであることが示唆された。以上、ウシ子宮の精子センシングの分子と生理メカニズムの検証が進んだ。
2: おおむね順調に進展している
平成30年度の計画の子宮内の上皮細胞と精子との分子的および生理的相互作用の重要な部分の詳細な検証が進んだ。2つの異なる子宮上皮のバイオアッセイ系を駆使したアプローチは、生体内の複雑な相互関係の展望を得るのに有効であることを示すことができた。進捗状況を以下に示す。1. ウシ子宮内免疫環境は、授精された精子によって、より強いTh1型(炎症性)に誘導され、そのセンシングには病原体認識と同様のTLR2/4が活用されている事実を実験的に示した。2. 新規のウシ子宮小片のビデオ観察を含む器官培養系を確立して、視覚的証拠を収集した。その結果、精子は子宮腺だけに侵入して、腺内の上皮の急性炎症反応を誘導して、極めて早い組織全体の炎症反応のスイッチであることが示唆された。3. 生体モデルを用いて、ウシ凍結精液の子宮内への人工授精の直後の子宮内免疫環境を観察するための方法論をほぼ確立することができた。これを活用して、次年度のTLR2アンタゴニスト投与による子宮内の人工授精後の炎症反応への抑制作用の検証に進みたい。以上の成果は国際専門誌に1報の原著論文として発表し、学会でも報告した(1つは優秀発表賞)。これらの状況から、「おおむね順調に進展している」と判断した。
上述のごとく成果は順調に上がっている。令和元年度は、以下に主眼を置いて進める予定である。1. ウシへの人工授精時にTLR2アンタゴニスト同時投与し、その後の子宮内炎症反応を、カテーテル潅流とバイオプシーで得た試料を解析し、抑制を実証する。さらに、実験牛は過剰排卵させて人工授精7日目に子宮灌流で初期胚を回収して、その発育ステージと遺伝子発現などについて詳細に解析する。この検証で、このアプローチが技術開発に展開できるかを探る。2. 新鮮な子宮の組織片を用いた新しいex-vivo系でXY分離精子(広島大・島田教授より供与)との相互作用を初めて検証し、子宮の免疫システムが、XとY精子を認識できるかに切り込む。特にXY分離精子と上皮細胞とのクロストークを、精子の運動性も加えて詳細に観察し、その場の免疫環境への情報伝達の実際を検証する予定である。
効率的な経費使用ができ、予想を超えた研究成果が得られたため。加えて次年度の研究計画の実施に経費が必要なため。
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PLoS ONE
巻: 14 ページ: e0214516
10.1371/journal.pone.0214516