研究課題
PGE2は脳内で熱源物質として働くことで知られている。PGE2はPG類に共通の前駆物質であるPGH2から、PGE2合成酵素によって合成される。mPGES-1は誘導型のPGE2合成酵素であり、傷害や感染などの刺激に応じて発現量が増加する。我々は過去に、mPGES-1遺伝子欠損マウスが、野生型で発熱を呈するレベルの感染刺激時に発熱を呈さないだけでなく強度の体温低下が起こることを見いだした。この結果は発熱中枢だけでは説明できない現象であり、感染時には発熱中枢と同時に体温低下を引き起こす機構が活性化されることを示唆している。本研究では雌雄のC57BL/6J野生型(WT)マウスおよびmPGES-1欠損(KO)マウスの腹腔内にテレメーターを埋め込み、体温を測定した。感染刺激としてグラム陰性菌細胞膜成分であるリポ多糖(LPS, 120 μg/kg)を腹腔内投与し、その後の体温変化を6時間観察した。平常時での体温は、雌雄ともにWTマウスとKOマウスで有意な差はみられなかった。LPS投与後の体温について、雄のWTマウスでは発熱を呈したが、KOマウスでは変化しなかった。一方、雌においてはWTマウスでは雄と同様な発熱を呈したが、KOマウスでは体温変化を呈さない個体に加え、有意な低体温を呈する個体が多数見られた。これらのマウスを膣スメア像により性周期分類した結果、低体温を呈する個体はほぼ発情前期にあることが示された。卵巣を除去したKOマウスでは、LPS誘導性の低体温は消失し、体温変化はみられなかった。さらに、卵巣除去後のKOマウスにエストロゲンを発情前期と同程の濃度となるように処置したところ、約80%の個体でLPS投与後の低体温が見られた。
1: 当初の計画以上に進展している
実験計画書を作成した当初は「mPGES-1 KOマウスの中で数割の個体がLPS依存性に低体温を呈する」という事実以外には手がかりのない状態で、免疫組織学的手法や分子生物学的手法で網羅的な解析を行う予定だった。しかし今年度の研究で、この現象が雌特有かつエストロゲン依存性であることが明らかとなり、責任因子および責任領域同定に大きく前進した。さらに、神経興奮マーカーcFosの免疫染色により体温低下を呈したKOマウスでは他のKOマウスや高体温状態のWTマウスに比べていくつかの脳内領域で過剰な神経興奮が起きていることも見出した。これらの領域を精査することで、低体温制御中枢の同定にさらに近づくことが期待される。
1. ここまでの実験では低体温のピークであるLPS投与5時間後に各実験群から脳を採取してcFosの免疫染色を行なっていた。これは、KOマウスの中でもどの個体が低体温を呈するか、事前にはわからないためであった。しかし前年度の研究により卵巣摘出後にエストロゲンを処置されたKOマウスでは高確率でLPS依存性低体温を示すことが明らかになったため、このマウスを用いて体温が低下し始めるLPS投与3時間後での脳を観察する。この群とエストロゲン非処置で体温が変化しないKOマウスやLPSにより体温が上昇するWTマウスの群などの脳内神経興奮状態を比較することで、体温低下を誘起する脳内領域の同定を目指す。2. 同定された候補領域について、興奮性アミノ酸の局所投与や電極刺入による電気刺激を行なってその後の体温変化を観察する。3. 同時に、cFosと種々の細胞種マーカーとの二重免疫染色により、体温低下を制御する神経の種類を同定する。
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