プロスタグランジン E2(PGE2)は感染時に脳内で多量に産生されて視索前野の発熱中枢に作用し、体温を上昇させる。我々はPGE2の誘導型合成酵素であるmPGES-1 のKOマウスを用い、感染時の発熱メカニズムについて研究を続けてきた。この過程で我々は、mPGES-1 KOマウスでは、野生型で発熱を呈するレベルの感染刺激時に強度の体温低下が起こることを見いだした。この結果は、感染時には発熱中枢と同時に体温低下を引き起こす機構(体温低下中枢)が活性化されることを示唆している。我々は二つの体温調節中枢が互いに抑制し合うFlip-Flop構造を形成していると予想している。 令和元年度までの本課題研究により、感染性体温低下の発生頻度には雌雄差があり、雌において発情前期に血中濃度が増加する卵巣由来のエストロゲンが体温低下中枢の反応性を高めることが明らかになった。そこで我々は性周期判別がより容易なラットを用い、mPGES-1 KO動物を作出した。予備実験として、このラットにLPSを投与して3時間後に採取した脳脊髄液内のPGE2濃度を測定した。その結果野生型ラットではPGE2濃度が著しく増加したが、KOラットではLPS投与前と比べても変化が見られなかった。 KOラットは雌雄共に発育や生殖機能などの一般性状には異常は見られなかった。この雄ラットにLPSを投与した結果、野生型では発熱を誘起する量でも体温の変化は見られないという、マウスでの結果が再現された。雌については十分な個体数が得られ次第、今後の実験に使用していく予定である。 一方で体温低下中枢の組織学的同定を目指して、我々は神経興奮マーカーc-Fosの免疫染色を行ってきた。低体温状態のマウスで、過去の報告から低体温発症に重要であると考えられている視床下部腹内側核に加えて室傍核、扁桃体中心核および外側基底核などの領域で強い免疫陽性反応が見られた。
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