研究課題/領域番号 |
18K19293
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
小嶋 誠司 名古屋大学, 理学研究科, 准教授 (70420362)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2020-03-31
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キーワード | 細菌べん毛モーター / 固定子 / 回転子 / 部位特異的光架橋 / FRET |
研究実績の概要 |
細菌のべん毛モーターは、細胞膜を介したイオンの電気化学勾配を回転力に変換するナノマシンで、固定子内を共役イオンが流れる際に、回転子と固定子が相互作用して回転力が発生する。ところが、回転機構を理解する上で決定的に重要な回転子と固定子の物理的な相互作用は未だに検出されておらず、イオン流に共役した両者の結合・解離の実態は全くわかっていない。そこで、生細胞のモーター内において、できる限り長時間固定子と回転子を相互作用させ、その条件において要素間光架橋または蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)といった高感度の手法により検出することを考えた。本年度は、まず回転子と固定子のアミノ酸残基間の光架橋を、すでにこの方法が確立されている大腸菌を材料として試みた。これまでに遺伝学的解析から、固定子の細胞質側領域と回転子タンパク質FliGが静電相互作用することが知られている。この領域の複数箇所に、光反応性架橋基を持つ非天然アミノ酸(pBPA)をAmber変異を用いて部位特異的に導入した大腸菌株を作成した。これらの株が光照射前に遊泳することを確認した後、UV光を照射し、全細胞タンパク質を抽出して免疫ブロットにより固定子タンパク質の検出を行ったところ、意外なことに複数の箇所において回転子タンパク質FliGとの架橋産物が見出された。つまり遊泳培地の粘性を上げる等の、固定子-回転子間相互作用時間を長くする工夫をせずとも、架橋が見られたことになる。回転子タンパク質FliG側においても、固定子と静電相互作用することが遺伝学的に示されているアミノ酸残基にAmber変異を導入し、同様にpBPAを用いて光架橋実験を行った。するとやはり、複数箇所において、固定子タンパク質MotAと架橋するFliGを検出することができた。現在、この架橋が、モーター内で生じているのかどうかの検討を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、これまで検出できなかった細菌べん毛モーターの回転子-固定子間物理的相互作用の検出を目的としている。モーターの発見から45年が経過し、顕微解析技術の進展に伴いモーターの回転計測が詳細に行われるようになったにもかかわらず、回転力発生の現場である回転子-固定子間相互作用の実態が検出できなかったのは、この相互作用が極めて短時間かつ連続的に生じる特殊な性質を持つためと考えられた。そこで本研究では、1)相互作用時間を長くする、2)高感度の検出方法を用いる、という工夫により回転子-固定子間相互作用検出が可能になるのではないかと提案した。本年度はまず、誰も試したことがなかった、in vivo部位特異的光架橋法を試みた。生物材料としてすでに光架橋実験の成功例が報告されている大腸菌を用い、まずはNa+駆動型固定子PomA/PotB複合体と回転子FliGタンパク質間における相互作用の検討を行った。最初に、固定子タンパク質PomAの細胞質側領域において、回転子FliGとの静電相互作用が示唆されているアミノ酸残基をAmberに置換し、光架橋基をもつ非天然アミノ酸pBPAを部位特異的に導入した。複数箇所にpBPAを導入し、光架橋前には運動能を保持していることを確認した後、UV光を照射し、光架橋反応を誘起した。その後、全細胞タンパク質を抽出し、固定子PomAを免疫ブロットにより検出したところ、意外なことに複数箇所でFliGとの架橋が検出された。当初、細胞懸濁液の粘度を上げて回転速度を低下させ、回転子-固定子間の相互作用時間を長くすることを考えていたが、その操作なしに架橋産物が検出された。次に、FliG側にAmber変異を導入し、同様に光架橋を行ったところ、やはり固定子タンパク質MotAとの架橋産物が検出された。以上の結果は、回転子-固定子間の物理的相互作用を初めて検出できた可能性を示している。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、大腸菌を用いたin vivo部位特異的光架橋実験により、固定子-回転子間の架橋に成功した。これまで、pull down, NMR, FCSと言ったin vitroの手法で見出せなかった相互作用を検出できたことは大きな進展である。しかし、今回はプラスミドからpBPAを導入した固定子(あるいは回転子FliG)を発現させ、染色体由来の回転子FliG(あるいは固定子MotA)と架橋させており、過剰に発現させたpBPA標識タンパク質がモーター外に存在するFliG(またはMotA)と作用し架橋している可能性を否定できない。そこで、pBPA標識固定子(あるいは回転子)とintactな回転子(あるいは固定子)を同時に発現するプラスミドを構築し、全てのべん毛遺伝子を発現できない変異体に導入して、モーターが構築されない条件下において同様の光架橋実験を行う。また、当初の提案通り、モーターに高い外部負荷を与えて、外部摩擦抵抗力により回転速度を大幅に低下させ、できる限り長時間固定子と回転子を相互作用させてみる。この時、架橋が促進されるかどうかを検討し、回転中のモーター内で生じた架橋の同定を試みる。続いて、相互作用相手の同定を試みる。運動能を阻害する変異を架橋相手側に導入し、架橋効率が低下するものを探索する。なお、大腸菌の固定子MotAと回転子FliGでは、1変異により運動能が大きく低下する一方で、ビブリオ菌の固定子PomAと回転子FliGの相互作用界面は複数の変異に耐性を示すことから、Amber変異そのものによる運動能への影響を最小限にすることが可能である。今後の実験では、大腸菌をホストとし、ビブリオ菌の固定子PomAとFliG(実際にはビブリオ菌FliGのC末端領域を持つ大腸菌FliGキメラタンパク質)を用いた光架橋実験系を用いることを考えている。
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