研究課題/領域番号 |
18K19312
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
阿部 訓也 国立研究開発法人理化学研究所, バイオリソース研究センター, チームリーダー (40240915)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2020-03-31
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キーワード | シングルセル / 画像処理 / 機械学習 / ゲノム再プログラム化 / ヒトiPS |
研究実績の概要 |
近年、iPS細胞などの幹細胞を用いて、細胞の発生・分化や疾患発症機構の解析が精力的に行われている。しかし、培養下の細胞集団の状態は均一なものではなく、細胞分化や薬剤投与後の変動を計測する場合、細胞集団中の個々の細胞の変化を時系列に則して評価するべきであり、細胞集団全体をすりつぶして解析するマス解析では個々の細胞の応答性の違いは検出できない。一方、個々の細胞内での遺伝子レベルの変動を解析するシングルセルRNA-Seq (scRNA-Seq)などの手法では、個々の細胞の形態情報や組織中の位置情報などは捨て去られるため、細胞状態と遺伝子発現をリンクすることは不可能であった。そこで、本研究では通常の顕微鏡画像を元として、画像処理・機械学習を用いて、細胞集団中の各種細胞タイプ、細胞状態の検出を簡便に、かつ高精度で行う画像解析技術とscRNA解析を組み合わせ「細胞の表現型」を定量的に記述する技術の確立を行うことを目的とする。 この技術をiPS細胞の形成過程の解析に適用し、ゲノム再プログラム化過程に関する詳細な知見を得ることを目指す。 H30年度は、モデル実験として、CD34陽性ヒト臍帯血へ山中4因子を導入し、iPS細胞をつくる過程における細胞状態、細胞タイプの変化をタイムラプス撮影で記録し、この画像を用いて、画像処理・機械学習の手法を用いて、形成されたiPS細胞、iPS形成途上の細胞、iPS形成に至らず異なる方向に分化する細胞、それぞれの形態を類型化することを試みた。また、遺伝子導入後におけるゲノム再プログラム化の最初期過程における分子的変動を調査するために、遺伝子導入を行った後、2日目、3日目において、FACSによってシングルセルを単離し、RNA抽出、cDNA合成、シーケンス解析用のライブラリー作製までを行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までに、ヒトiPS細胞の形成プロセスをモデル実験系として、機械学習を用いて、画像情報から細胞集団中の異なる細胞形態を示す細胞タイプの検出、定量を可能とする技術の確立を行っている。これまでに、ヒト臍帯血からのiPS細胞形成過程の静止画像を一日ごとに取得し、画像処理・畳み込み機械学習の手法で、一画像中の細胞の検出、異なる細胞分化状態にある細胞の分類とその定量を精度良く実施することに成功している。しかし、これらの静止画像からは、時系列変化を正確に推定することができない。そこで、インキュベーター型の顕微鏡内で約10日間にわたるiPS細胞形成を行うための条件検討を行った。その結果、一定の頻度でiPS細胞が形成されることが確認されたため、その過程のタイムラプス画像を取得し、これらの画像データをもとに上述の手法で、異なる形態(=異なる細胞分化状態)を持つ細胞の検出、判別、定量を行うための技術開発を実施しており、その時系列変動を示すことを試みている。 ヒト臍帯血を用いたiPS細胞形成のプロトコールでは、山中4因子の遺伝子導入後、3~4日後に細胞が基質に付着し始める。本来浮遊性の血球細胞が付着するのは、遺伝子導入によるリプログラミングの結果と考えられるが、それ以前に恐らく細胞接着性の違いを産み出すための遺伝子発現の変動が起きていると予想されるが、その分子レベルの実態は全く不明である。そこで、このブラックボックスの解明のために、遺伝子導入後、未だ付着する以前の細胞をFACSで単離し、シングルセルRNA-Seq用のライブラリー作製のための処理を行った。これまで、約200細胞分のライブラリー作製が終了したので、次年度にこのライブラリーのシーケンス解析を実施する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
ヒト臍帯血をiPS作製に用いた場合、付着細胞に着目することにより、あらかじめリプログラミングを開始し、iPS細胞形成へと向かう細胞のみを追跡することが可能となる。そこで、タイムラプス撮影画像を解析することにより、iPS細胞はいつ出現するか、その前駆細胞はどのようなものか、あるいはiPS細胞に成り得ない細胞はどのようなものか、それぞれの細胞タイプ、細胞状態を検出、追跡、定量することにより、ヒトiPS細胞形成過程の詳細を明らかにする。それと並行して、各分類群に属する細胞内の遺伝子レベルの変化をscRNA-Seq解析によって調べ、画像解析の結果と組み合わせることにより、画像解析結果の補強、検証を行う。iPS細胞形成過程の細胞をFACSまたは用手的に単離し、scRNA-Seq解析を行ない、細胞集団を遺伝子発現データによってクラス分類し、それぞれのクラスの細胞分化軌跡を偽時間推定解析の手法で推定する。また、このクラス分けに貢献した遺伝子群を抽出し、それらの生物学的意義を追究する。これらのデータを総合することにより、ヒトiPS細胞形成過程(細胞のリプログラミング過程)の全貌を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
本提案研究では、モデル実験として、CD34陽性ヒト臍帯血へ山中4因子を導入し、iPS細胞をつくる過程における細胞状態、細胞タイプの変化をタイムラプス撮影で記録し、画像処理・機械学習の手法により細胞の分類を行う。同時に、細胞内の遺伝子レベルの変化をシングルセルRNA-Seq解析によって調べ、画像解析結果の補強、検証を行う計画であった。H30年度は細胞変化のタイムラプス画像取得に注力し、条件検討を行った後、実際の画像取得を試みたが、制御ソフトウエアの不具合などもあり、その後の解析に利用可能な画像の取得に予想以上の時間がかかった。現在まで、単一細胞からのRNA抽出、cDNA合成、次世代シークエンサー用のライブラリー調製までを実施したが、実際にシーケンス解析を行う時間的余裕が無く、このシーケンス解析費用を次年度に執行する必要が生じた。 すでに、ライブラリー作製まで完了しているので、その品質検定をした後に、至急シーケンス解析を実施する予定である。
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