研究課題/領域番号 |
18K19346
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
鈴木 美和 日本大学, 生物資源科学部, 准教授 (70409069)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2020-03-31
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キーワード | 抗酸化物質 / アルブミン / 鯨類 |
研究実績の概要 |
血中タンパク質の約7割を占めるアルブミン(ALB)は,活性酸素種のスカベンジャーとして働き,抗酸化力を発揮している.潜水による組織の虚血と浮上・呼吸後の再灌流を繰り返す鯨類の体内では,酸化ストレスが生じやすく,様々な物質がそれに対抗していると報告されているが,ALBの役割は未知である.我々は,イルカALBの抗酸化力を検証することを目指して,以下の実験を行なった. まず,(1)哺乳類のALB配列情報を広範囲で比較することにより,鯨類のALB構造の特徴を把握した.続いて,(2)バンドウイルカ,ビーグル犬,ミニブタの血清から各々ALBを抽出・粗精製し,①過酸化水素(活性酸素の一種)によるALBの分解の程度,ならびに,②過酸化水素によるタンパク質(dihydrorhodamine-123:DHR)分解をALBが阻止する程度について,各々種間で比較した. 解析の結果,(1)ALBのアミノ酸配列において,活性酸素と結合してリサーバーの役割を果たすために必須の残基(Cys34)が,多くの鯨類ではセリンに置き換わっていることが判明した.また,金属イオンをキレートし,かつ還元作用をもつメチオニン残基が他の残基に置き換わっていることが明らかとなった.(2)①各生物のALBを過酸化水素と反応させた結果,バンドウイルカALBがビーグル犬,ミニブタのものよりも分解される傾向が認められた.②過酸化水素によるDHRの分解の程度は,ビーグル犬よりもイルカおよびミニブタのALBを加えた時に大きくなった.以上の結果は,イルカのALBが活性酸素のスカベンジャーとしての機能において,相対的に劣っていることを示唆している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
バンドウイルカを対象として,鯨類の血清アルブミンは陸上ほ乳類のものよりも分解されやすいのか?を検証するため,以下の実験を行ない,成果を得た. ①活性酸素種の標的となるあるアミノ酸の変異が,進化のどの段階で獲得されたのかを調べるため,近縁の偶蹄類とクジラ目において,in silicoおよびゲノムシーケンスによりアルブミン遺伝子配列を広く収集し,変異を獲得した経緯や系統学的分岐点を決定したところ,カバとの共通祖先で変異が起きたことが判明した. ②鯨類のアルブミンが陸上ほ乳類のものよりも活性酸素で分解されやすいことを確かめるため,イルカ,ミニブタ,ビーグル犬の血清から各々精製したアルブミンを活性酸素に曝露し,二次元電気泳動,SDS-PAGE,高速液体クロマトグラフィーにより分解状態を比較したところ,イルカのアルブミンが分解されやすいことが判明した. ③鯨類の血清アルブミンの抗酸化力を調べるため,Dihydrorhodamine 123を指標として,活性酸素に対する血清アルブミンの抗酸化力を測定し,ミニブタ,ビーグル犬と比較したところ,イルカとミニブタのアルブミンが抗酸化力が弱いことが明らかとなった. 以上の実験の遂行により,計画した実験のうち半分が終了した.今年度は,体内でのアルブミンの代謝およびその代謝物による尿濃縮力の向上に関する一連の実験を行なう予定である.
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今後の研究の推進方策 |
1.「鯨類のアルブミンの合成と分解の速度は陸上ほ乳類よりも速いのか?」を検証する. 【実験】鯨類の血清アルブミンの分解速度を求めるため,バンドウイルカのアルブミン遺伝子の配列をもとにして,安定同位体標識完全長タンパク質を合成する(委託).これを同種に静注投与後,定期的に血液を採取し,質量分析により血中濃度を測定して半減期を求める.この値を,ヒトでの値(t1/2=21日)と比較する.実験対象として,多くの共同研究実績のある沖縄美ら海水族館の飼育バンドウイルカ(4頭)を用いる予定であるが,場合によっては太地町立くじらの博物館,新潟市水族館,新江ノ島水族館の協力も得て遂行する.
2.「アルブミンが分解されて生じた尿素が尿濃縮能を向上させるか?」を検証する. 【実験1】アルブミンの分解により生じた尿素が尿濃縮能を増強するかを探る手がかりとして,摂餌や実験時刻を統一した状態のバンドウイルカを対象として,①頻繁に潜水をさせた後と,②潜水させない状態の各々について,尿および血液を同時に採取する.尿試料を用いてイオン濃度および尿浸透圧を測定するとともに,血清試料を用いて血中のアルブミンの分解の状態を二次元電気泳動で確認する.【実験2】腎臓での尿素の蓄積と利用の実態を把握するため,まず,バンドウイルカの腎臓における尿素輸送体の配置について免疫染色を施した後,コンフォーカル顕微鏡を用いて観察する.腎臓の細胞試料は,水産庁の許可を得て,和歌山県太地町の追い込み漁で捕獲された複数個体のバンドウイルカから採取する.
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