研究課題/領域番号 |
18K19361
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
東城 幸治 信州大学, 学術研究院理学系, 教授 (30377618)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2021-03-31
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キーワード | 繁殖システム / 発生 / 新規の胎生 / 卵胎生 / 人工授精 / ハンドペアリング / 卵黄タンパク質 / 栄養供給 |
研究実績の概要 |
汎世界的に分布するフタバカゲロウが7つの系統から構成されること、この7系統のうち東アジア地域の系統(日本列島・朝鮮半島)が他の欧米やアフリカの系統などと比べると遺伝的に大きく分化していることを論文として国際誌に公表した(Yano et al. 2019, Zool Sci)。 欧州の研究では(6系統のいずれかが対象とされたかは判別できない)、単為生殖や卵胎生(産卵後に孵化)が報告されている一方で、日本のフタバカゲロウでは単為発生能力はなく、また孵化も母体内で起こることから、これらの種内の生殖・発生システムの差異は、遺伝系統群によるものと考えられる。これらの成果も、国際誌に論文投稿したところである。 また、年間を通して胚発生を観察・研究する上で重要視してきた、実験室内での継代飼育についても順調に研究が進んでおり、最大の難所であった交尾についても、人為的なハンドペアリング法の確立によりクリアすることができた。この成果は、国際誌にて公表した(Takenaka et al. 2019a, Zool Sci; 2019b, Zoosymposia)。 本種の卵形成におおける卵黄タンパク質性の蓄積が観察されないことから、その前駆物質の有無を検出するための分子マーカーの作出を進めてきたが、本種の全ゲノムデータが利用可能となったことから、順調に進展させることができた。一般のカゲロウ類では、(成虫寿命が短いことから)卵黄タンパク質の蓄積は幼虫期に起こると予想され、一方、成虫期が長く、メスの母体内で発生中の胚へと栄養供給がなされると予想されるフタバカゲロウでは、交尾後のメスでもビテロジェニンの発現を予想していた。様々なステージにおけるビテロジェニンの発現解析の結果は、現在のところ、予想した通りの傾向が認められている。今後、解析サンプル数を増やすなどして、さらなる精査を実施する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
非モデル昆虫を対象とした特殊な繁殖システムに迫る研究課題であるが、3年計画の2年目として、順調に成果を蓄積させることができた。また、この2年間の成果を論文化して国際誌上で公表することができた。 ハンドペアリング法の確立により、継代飼育系確立における最大の難所を克服することができた。結果として、受精卵を年間を通して安定的に入手できる状況となり、順調に研究成果が得られている。 フタバカゲロウの胚発生における特殊性(卵黄タンパク質の介在が認められない、異様に豊富な脂質など)を明らかにしたほか、卵形成時には卵内に蓄積されない卵黄タンパク質の前駆物質(ビテロジェニン)をコードする遺伝子が、交尾後の胚発生ステージにおいても発現していることが明らかとなってきた。このことは、胚発生中であるにも関わらず、母体内で栄養物質(卵黄タンパク質)形成が進行していることを示すものであり、本種が、卵胎生ではなく「胎生」的な発生をすることを強く示唆するものである。 本種におけるビテロジェニンの発現解析に関しては、次世代シーエンサーを用いた全ゲノム解析を実施し、ビテロジェニンと思われる遺伝子配列データの探索をしなければならないと計画をしていた。しかしながら、偶然にも海外の研究グループが、別の研究目的によりフタバカゲロウのゲノム解析を実施し、そのゲノムデータを利活用させてもらうことができたことで、この大きなステップを容易に解決することができた。実際、このゲノムデータを基盤にして、キイロショウジョウバエなどで報告されているビテロジェニン配列を(アナローガスな配列も含めて)探索し、これらの遺伝子群の発現解析が順調に進行している。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、この研究課題に関する総本山とも言うべき「繁殖システムの進化・変遷」に焦点を当てた研究を計画している。 具体的には、フタバカゲロウの卵内に卵黄タンパク質の有無や母体からの受給の有無、などを様々な実験から追究する計画である。既に、卵黄タンパク質の前駆物質であるビテロジェン形成に関わる遺伝子コピーを効率的に増幅させるためのプライマー開発を済ませ、実際に発現解析に着手しているが、今後は、卵内はもちろんのこと、卵巣や卵巣小管内、輸卵管内、その他母体の血体腔内など、局在化も含めて詳細に検討していく予定である。 また、昆虫類一般的な卵生の近縁種と、少なくとも卵胎生であり、新規胎生の可能性も示唆される点については、既に焦点を当てているビテロジェニンや卵黄タンパク質の存在などについて多角的にアプローチしていく計画である(組織化学的手法、分子遺伝学的手法など)。近縁な卵生種との比較の観点から、トランスクリプトーム解析など、機能をもつ遺伝子だけに着目した発生遺伝学的手法により、「胎生」問題に迫りたい。 また、卵生の近縁種との遺伝子発現の差分(サブトラクション)などを詳細に比較解析していることで、胎生に関わる遺伝子(群)の推察にも寄与できると考えている。遺伝子レベルで、「卵生→卵胎生(あるいは胎生)」へのモディフィケーションを徹底して追究したい。その上で、関与が期待される特定遺伝子群の オン/オフとの関連性の議論を深めたい。 以上のような特殊かつユニークな繁殖システムの確立の背景にある、遺伝的基盤や発生学的基盤を詳細に紐解くことを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度内に、次世代シーケンサーを用いたフタバカゲロウの全ゲノム解析を計画し、外部業者への委託解析を予定していた。しかしながら、幸運にも、同じカゲロウを対象とした、別目的の研究を展開する海外の研究グループが先に全ゲノム解析を実施しており、この解析データを参照させていただくことができたため、次世代シーケンス解析や、得られた配列のデータ解析の一部が不要となった。
結果的に、経費をかけずに全ゲノムデータが利用可能となるだけでなく、この解析に要する時間も節約することができた。このメリットを最大限に利活用しながら、研究自体が計画以上に進展しており、最終年度となる2020年度においては、特に、特殊な発生システムの進化・発生・遺伝学的な面において、当初の計画よりもさらならなる発展を目指す予定である。
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