研究課題
脳内情報は、神経細胞の活動電位発火の羅列によってコード化されていると考えられてきたが、本研究では、グリア細胞からグルタミン酸が放出されており、このグリアの作用が、神経信号を強力にコントロールし、動物の行動や学習にも影響を与えていることを明らかにした。グリア細胞の担う情報は、膜電位やCa2+によるものとは限らない。何らかの形の信号が維持できて、加算・減算することが可能で、細胞機能を左右しうる。本研究では、細胞内浸透圧が、脳機能を強力に左右する因子として働き、浸透圧変化を使った情報処理が行われているという仮説を提唱する。本研究では、浸透圧変化に応じて開閉するチャネルに注目し、それを介した伝達物質放出をひとつのアウトプットと捉えた。また、細胞容積の変化、および、細胞間隙の変化がもうひとつのアウトプットであるという可能性を検証する。当該年度は、浸透圧に依存して開閉するVRACチャネルを構成する分子のコンディショナルなノックアウトマウスを作製した。このVRACを通して、伝達物質の放出が引き起こされる可能性がある。既に、グリア細胞内pH低下によってグルタミン酸が放出される過程については、詳細に調べている。今後、VRACが、浸透圧変化とpHの両方を検知している可能性を検証する。本研究を通して、神経細胞でもなく、グリア細胞でもない、ただの間隙が、脳内情報処理モードを強力に支配している可能性が検証される。本研究では、神経細胞・グリア細胞・血管をまたぎ、神経系・代謝系・免疫系を束ねる統合的シグナルのひとつとして、浸透圧信号の役割を解明する。
2: おおむね順調に進展している
脳虚血時やてんかん時には、脳が過剰に興奮するが、グリア細胞からの興奮性伝達物質が、過剰興奮に一翼を担っていると考えられる。そこで、光刺激により、グリア浸透圧を下げることでグリア放出を抑制し、さらに、細胞間隙を広げることで伝達物質濃度を下げ、病態を改善することができるかどうかを検証する研究が考えられる。また、アルツハイマー病が進行すると海馬での興奮性信号の伝わりが悪くなり、これが記憶力の低下につながるとの報告もある。そこで、光刺激により、海馬グリア細胞の浸透圧をあげ、グリア放出を増やすとともに、細胞間隙を減らすことで、シナプス伝達効率を上げ、それによって、記憶力の回復が見込めるかどうかが検証できる。VRACのノックアウトマウスの作製に成功し、また、アストロサイト特異的な光操作が可能となった今、これらの問いに正面から取り組むことが可能になったため、当初の予定通り、おおむね順調に研究は進展していると考える。
今後は、グリア細胞のうち、アストロサイトの純粋培養を作り、高張液/低張液投与による細胞内浸透圧の操作を行う実験を行う。また、グリア細胞に光感受性分子を発現させた時、Cl-の出入りによって、細胞内浸透圧が影響を受け、細胞形態が変化するかどうかを調べる。また、浸透圧変化によって放出されるグリア伝達物質も計測する。これには、特定の物質に反応する酵素センサーを用いる。続いて、急性脳スライス標本を用い、高張液/低張液による細胞内浸透圧操作を行い、組織光透過度が変化するかどうかを検証する。引き続いて、自発性の組織光透過度変化も調べる。また、薬理学的操作によって人工的にてんかん様の神経活動発火を誘導する。このような神経細胞の過活動に応じる組織光透過度の変化を計測。これらの研究を通して、神経活動がどのようにグリア細胞に伝わり、細胞内浸透圧情報がコード化されているのかを調べる。これら全ての実験において、本研究で開発したVRACのノックアウトマウスが利用できる。さらに、in vivo実験を行うことで、脳虚血、てんかん、アルツハイマー様認知症等におけるVRACと浸透圧シグナルとの関係を調べることを予定している。
ノックアウトマウス動物の作製までに予定より多くの時間がかかったため、当施設への動物の搬入が遅れ、それにともない、動物飼育費が予想より低く済んだ。また、動物の作製の遅れにともない、消耗品費の支出も減った。一方、スケジュールの遅れを取り戻すため、当該動物の大規模繁殖に移行するため、次年度における動物飼育費、および、消耗品費の支出は増える予定であり、前年度の差引額はこれに充てる。
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