研究実績の概要 |
ただ泣いていた赤ちゃんが、3歳になる頃には言葉で気持ちを伝えられるようになる。子どもの脳の発達は急速かつ柔軟だが、経験に応じて発達する仕組みには、未だ不明な点が多い。申請者らは、胎児の脳を作るOtx2ホメオ蛋白質が、生後の脳の発達を促進することを明らかにしてきた。Otx2は経験のメッセンジャーとして目から大脳視覚野へと移動し、標的遺伝子の発現を制御することで視覚の発達期を誘導する(Sakai & Sugiyama, 2018、杉山&侯, 2019)。さらに、Otx2は大脳視覚野だけでなく視床および中脳領域にも局在し、情動の発達を促すことが分かってきた(飯島&杉山, 2018)。音による恐怖条件付けを行うと、野生型マウスは恐怖を感じた音を良く覚えているが、Otx2変異マウスでは幼児健忘のように忘れてしまう。さらに、縞模様による恐怖条件付けからは、Otx2変異マウスはそもそも恐怖を感じにくいことが示唆された。恐怖や不安の感情は、聴覚や視覚などの知覚刺激によって誘導され、扁桃体において形成・記憶される。扁桃体に至るまでの神経回路は知覚刺激の種類によって異なると考えられる(Tsukano et al., 2019)。今年度の結果から、Otx2は視覚情報から起こった恐怖の感情を高める働きを持つが、聴覚情報から起こった恐怖の感情については強弱に関与せず、その後の記憶に作用することが示唆された。この際、Otx2は中脳領域から扁桃体に運ばれて作用することが観察されている。申請者らは、生後の回路を可視化する遺伝子導入法を立ち上げており(Sugiyama et al., 投稿中)、今後、ホメオ蛋白質がどのように回路を移動して情動の発達に作用するのか、解析を進めていく。
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